――最後に出てくる工場のような建物は?
黒沢 あそこは見つけるまでに結構大変だったんです。台本上は「潰れた遊園地の中にある施設」とあったんですが、なかなかそういう場所が見つからず、ドイツまで行けばあるかも、という話も出たものの結局見つからなかった。最終的には、パリからかなり離れたところにあるこぢんまりとした遊園地の外側を使い、建物の中は、遊園地に関するいろんな道具を仕舞う巨大な倉庫を借りて撮りました。結果としてはとてもおもしろい場所になったんですが、探すのはなかなか苦労しました。
――日本と比べて、フランスのほうがロケ地探しはスムーズに進むのでしょうか?
黒沢 何を探すかによりますが、やはりフランスのほうが、ここを使いたいといえばわりと融通がきく気はします。日本では、フィルムコミッションの方が選んでくれた場所の中から選んで使うしかない場合がほとんどです。ふと外を歩いていて「このビルおもしろそうだな」と思っても、まあ使えないですね。
復讐劇は絶対にハッピーエンドにはなりえない
――フランスの俳優さんたちも、みなさん熱の入った演技でしたね。終始不穏な映画のなかで、マチュー・アマルリックが大騒ぎする場面では、思わず笑ってしまうようなコミカルさがありました。
黒沢 みなさん、ああいう芝居が大好きみたいですね。マチュー・アマルリックは最近は俳優より映画監督として活躍されている方ですが、ホースで水をかけられる場面なんて嬉々としてやってくれました。グレゴワール・コランも、ちょっと気難しい方なのかなというイメージがありましたが、実際に会ってみるとなんでもやってくれる人でした。
グレゴワールとマチューが拳銃を奪い合って暴れるシーンでは、途中からカメラが彼らの姿が見えない場所に移動するので、「ここからは声の演技だけでいいですよ」と言っているのに、映っていないところで二人ともずっと大暴れしてるんですよ。俳優の方々も、普段の仕事ではやはり台詞劇がメインなんでしょうね。緊張感のあるセリフのやりとりを微妙な表情で見せながら、それをいくつかのカメラで撮っていく、みたいな演技ばかりで、少しうんざりしてるところがあるのかもしれません。今回のように体をめいっぱい使う芝居が、みなさん楽しくて仕方なかったみたいです。
――柴咲さんの患者役として登場する西島秀俊さんや、夫役の青木崇高さんの登場シーンは、今おっしゃったような、顔のアップとシリアスな台詞のやりとりが主だった気がしますが。
黒沢 青木さんはパソコンの画面を介してのやりとりですし、西島君は患者という立場上激しい動きが想定できなかったので、自然とああいう形になりました。結果的にフランス人の俳優たちと少し違う芝居になって新鮮でしたね。僕から特に何か言ったわけではないんですが、西島君は自然と、自分はあまり大きな動きや何かをしないほうがいいんだろうなと思ってくれたようです。基本的な動き以外はポツンと座ってぼそぼそっと話す、シンプルな芝居をしてくれました。西島君と青木さんの芝居は、フランスのスタッフたちからものすごく評判がよかったです。無駄なことは何もせず、何度も同じ芝居ができるなんてすごいと。
――オリジナル版とリメイク版とを見比べたとき、見終えたあとの印象が決定的に違うように感じました。オリジナル版では、謎の数式が出てきたり、得体の知れない悪役が出てきたりと、どこか世界の崩壊のような雰囲気があった気がします。それが本作では、悪を追及していくと結局は自分自身にたどり着くような、より内面的な悪を扱った話であり、より陰鬱な終わり方だと感じました。そうした変化について、監督はどうお考えでしょうか?
黒沢 そのあたりを深く追求したつもりはありませんが、新たにつくるからにはより悲劇的な話になるだろうとは、当初から思っていました。そもそも復讐劇は絶対にハッピーエンドにはなりえないものです。復讐という運命に一度囚われた人は、もうそこからは逃れられない。『復讐』シリーズ(『復讐/運命の訪問者』『復讐/消えない傷痕』)をはじめ、僕も過去に何作もそうした復讐ものを作ってきました。ただ不思議なことに、98年版の『蛇の道』だけはどうも異質なんです。哀川翔という俳優の不思議な存在感のせいか、この主人公だけが一人復讐というシステムから外れ、悲劇の外側にいるように見える。
一方、今回柴咲さんが演じた小夜子はそのような超越的で人間離れした人ではありません。同じように淡々と物事を進めながらも、時々どうにも抑えきれない怒りや弱さといった人間らしさみたいなものが垣間見える。ですから最後も、この人が復讐というシステムの外側に出ることは絶対にないのだ、という終わらせ方になりました。その違いが、それぞれの作品の後味の違いになったのかもしれません。それはつまり、オリジナル版がいかに特殊な復讐劇であったか、ということでもあるんだと思います。
くろさわきよし/1955年、兵庫県生まれ。『CURE』(97)で世界的に注目され、国内外で多くの映画ファンを魅了する。『トウキョウソナタ』(2008)でカンヌ国際映画祭ある視点部門審査員賞、『スパイの妻』(20)でヴェネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞する。
INFORMATION
映画『蛇の道』
6月14日(金)より新宿ピカデリーほかで全国ロードショー
公式サイト:https://movies.kadokawa.co.jp/hebinomichi/
公式X:@eigahebinomichi