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黒沢 結果的にそうなりましたが、最初から母親や妻の存在を入れたかったというわけではありません。主人公を男性から女性に変えたのは、もっと単純な理由からです。フランスで撮るなら、構造はオリジナルと一緒でも同じ話にはならないだろうとは思いましたが、やはり大きく異なる点は何か作っておいた方がいい。そう考えていたときに主人公を女性にしてみようと思いついたんです。さらにこの人物を(舞台となるフランスでは)外国人である日本人にしたらどうなるのか。この二点の変更を加えるだけで、最初こそ同じ流れでも段々と違う展開になっていくのではないか。そう思い元々の脚本を再考し始めました。

――最近の黒沢監督の映画は、『岸辺の旅』(15)、『散歩する侵略者』(17)、『スパイの妻』(20)と、夫婦を描いた作品が続いていたので、今回『蛇の道』をリメイクしたかったのは、オリジナル版では扱わなかった男女の関係性を新たに描きたかったからなのかな、と思ったのですが……。

黒沢 そこは自然な流れでした。ダミアン・ボナール演じる男が娘の復讐に動き出す、となると当然娘の母親もいるはず、それなら小夜子にも夫がいるんじゃないかと段々と物語が変わっていったんです。

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©2024 CINÉFRANCE STUDIOS – KADOKAWA CORPORATION – TARANTULA

――最初からこういう話に変えようと決めていたのではなく、ひとつ変更点を決めたことで話が変わっていったんですね。

黒沢 今回に限らず、僕の場合は大体そうなんです。できた映画を見ると、さも最初からテーマとして考えていたかに見える。けれど実は自然とそこに行き着いただけで、最初はとても具体的ないくつかの要素から発想していったにすぎない。そういうことが往々にしてあるんです。最近つくった映画では、『Chime』(24)もまさにそうでした。

使用言語をどうするかもかなり悩みました

――前回、フランスで撮影された『ダゲレオタイプの女』では、ほぼすべての役をフランス人俳優が演じたのに対し、今回柴咲コウさんという日本人俳優を主演にしたのは、あくまで脚本上の理由ですか? フランス側からの要望もあったのでしょうか?

黒沢 主役を日本人にするというのは僕のほうで思いついたことです。ただ、フランス側の助成金をとるためには、あまり多くのスタッフ・キャストを日本人で固めるわけにいかなかったので、その調整をどうするかは色々考える必要がありました。あとは使用言語をどうするかも悩みましたね。全部英語にするのもありかな、と考えたこともありましたが、「フランス人は、フランスの俳優が英語を喋っている映画は絶対に見ないよ」と言われてしまい断念しました。正直、リュック・ベッソンの映画とか、フランスでも全編英語の映画があった気がするんですが、まあそれならフランス語でいこうと。

 日本人の俳優にフランス語を喋ってもらうこと自体に関しては、どの方であろうとまあ大丈夫だろうと楽天的に考えていました。訓練を積んだ俳優は、ネイティブのように話すことは無理でも、それなりに外国語で演技ができるはずだと確信していましたので。もちろん実際フランス語で演じるにあたっては、柴咲さんは相当な努力をされたわけですが。

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――フランス語をどういうふうに喋ってもらうか、黒沢さんから指示などはされたんですか?

黒沢 いえ、フランス語に関して僕は何ひとつ言えないので。ただ、10年近くフランスに住んでいてそれなりにフランス語を話せる日本人だとわかるようなセリフにしてほしい、ということは、脚本に協力してくれたフランス人の方に伝えていました。ですから小夜子の使うフランス語は、ネイティブの人が話すよりも、少し古めかしく丁寧なフランス語になっていると思います。

 日本でもそうですよね。流暢に日本語を話す外国人の方は、ちょっとした会話でも、「~だと思います」「~ではないですか」というような、より丁寧な言い方をすることが多い。小夜子のフランス語の台詞もそういう少し改まった口調にしたい、ということは考えていました。