〈命を規定された人生を生きていくというのは、いささかつらいものがあります。いくら、自分なりに思い切ってがんばろうと思っても、後ろから首根っこをつかみとられている感じがある。今回は、一度入ったそういう世界から、おぼれて死なずに、なんとか抜けだせる可能性があります〉
こうして6月半ばには、職場復帰をはたし、自分の手術の体験も記事にして出稿ができた。
6月23日に出たこの記事を見て岩立は、ああ、このまま何も起こらずによくなって、膠芽腫からの生還という記事が最終的に書けるようになればいいなと思った。
すさまじいスピードで腫瘍が広がる
しかし、9月28日にとったMRIの画像に、岩立は衝撃をうける。
もう左前頭葉の中心部に2センチほどの白い影が見て取れた。
再発である。
再発をするともう手だてがなかった。
再手術という方法がとれる患者もいるが、桂の場合、あっという間に、腫瘍が右脳にまでもひろがり手のほどこしようがなかった。
次第に話をしなくなり、意識レベルがおちていって、寝たきりになった。
病室の桂は、目をひらいて天井をみつめていた。
が、話ができる状態ではなかった。
ただ、手を握ると、柔道をやっていたごつい手でぎゅうっと握り返してきた。
年が明けて1月30日、桂は本当に眠るように逝った。享年41。
膠芽腫をたて糸とした治療法の開発史
膠芽腫の患者を救えなかった脳神経外科医の思いを、金沢大学医学部の中田光俊はこんなふうに表現している。
〈病院の地下の長い廊下を外来から病棟へ向かうと霊柩車が待つ駐車場に行き着く。ここに病棟で亡くなられた方が運ばれ、静かに見送られる。私はこれまで自身の無力さを痛感しながら何度ここで頭を垂れたことだろう〉
進行が電光石火のように早く、どんなに慎重に手術をしてもとりきれずに、再発すると半年もたたずに亡くなっていく膠芽腫というがん。
がんの治療法は、手術、抗がん剤、放射線というみっつの標準療法がある。