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 険悪な雰囲気ではなかった。その日は昼間からくすぶっている問題など何もなく、すべては順調だった。ヴェラが理解できないまま夫は続ける。

「お前は完全に病気だ。異常だ! 俺がいつでもできて、ヤリたがる若者だとでも思ってるのか?」

 息つく暇もなく言い切った。

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「医者にみてもらえ、ヴェラ」そう付け加えると、ヴェラの手を乱暴につかんで押しのけた。

 聞くに耐えなかったが、言いたいことは伝わった。自分は“病的で異常”なほど“飽くことのない性欲の持ち主”。それが夫の考えだ。しかも今回、夫はただほのめかすだけでなく、さらに踏み込んで、妻を求めていないと伝えてきた。いつもしたがるのは何か問題があるのだと。もちろんいつもではない──だが、夫に対して度々感じているのは、夫はヴェラがしたいことに興味がないということだ。

 ヴェラは身体的にも精神的にも不安定になる。安全な場所にいると思っていたのに、その安全が突然恐怖に取って代わられた時のように。夫の機嫌の悪さがゼロから100になるのは今回が初めてではない。これがいつもの反応で、すぐに怒りをあらわにする。

 厳しい言葉を浴びせ、暴言を吐き、電光石火のごとく感情が浮き沈みする。その結果、ヴェラは常に身構えるようになってしまったのだが、それも今は何の役にも立たず、いきなり平手打ちを食らったような気分になっていた。付き合い始めの頃は腹を立てていた。悲しくなり、話し合って理解したかった。だが、年月が経つにつれてあまり気にしなくなった。話し合って解決しようとしても大抵は無意味だからだ。

 何も言えず、黙り込むしかない。涙が流れ、とっさに振り返ってバスルームの方へ向かった。どこへ向かえばいいのかわからないかのように、足取りがおぼつかなかった。

夫婦の関係が「終わった日」

 バランスは失われ、すべては台無しだった。

 夫はもっと酷い態度をとったこともあったが、今回は何かが違う気がする。いつもよりきつい。夫の怒鳴り声が子供たちに聞こえるほどだったこともわかっている。子供たちも何を意味する言葉だったか理解しているだろう。それでも誰も部屋からは出てこない。もちろん、聞かなかったことにした方がいい。父親が母親をセックス狂だと非難した時、何を言えばいいのだろう。

 どんなパートナーシップにも、すべてを変えてしまう瞬間がある。関係性が深まり、親密さが増す瞬間もある。愛が深まり“永遠に2人”という気持ちが強まる時もあれば、関係が少しずつ蝕まれ、愛が徐々に消えていくこともある。そして、愛情が打ち砕かれる瞬間がある。その夜はそんな瞬間だった。

 絶え間ない苦痛はすでに何年も続いていた。自尊心を傷つけられ、嘲笑され、見下されもした。その晩、取り返しがつかないほどあまりにも多くのものが壊された。この瞬間が夫婦関係の行方を永遠に変えることとなった。