不意打ちで「逮捕します」
逮捕されるまで、検察の私への任意聴取は3回行われた。ホテルグランドアーク半蔵門で2回、東京ドームホテルで1回。ホテルのミーティングルームで、検事と事務官の2人に話を聞かれたのだが、決して厳しい取り調べではなかった。中には十数回も聴取に呼ばれ、終電の時間になるまで調べられた社員もいた。それに比べれば、私は1回せいぜい2時間程度。緩いものだった。
むしろ苛烈だったのは、メディアの夜討ち、朝駆けだ。恐らく検察からリークされたであろう情報をもとに報道し、大勢で四六時中、自宅を取り囲む。近隣住民に迷惑をかけ、何も知らない家族も不安が高まり、精神的に参ってしまっていた。KADOKAWAの社内からも、「これは経営陣が起こした贈収賄事件だ」との声まで聞こえてきていた。
そこで私は、メディアの代表取材だけ受けることにした。事態が吞み込めず、動揺している社員たちにメッセージを出したかったのだ。
30分ほどの取材だったが、映像には、私が苛立っている姿が映っていたと思う。本当に知らないことを、何度も質問されたからだ。そこで分かったのは、記者たちは検察への取材をもとに、事件の情報・全体像を把握しているが、私はそうではないということだった。
9月14日午後、特捜部に4度目の呼び出しを受けた。場所は恵比寿のウェスティンホテル東京。この日はツインルームに案内される。任意の聴取だと当然思っていたが、部屋に入るや否や、いつもの検事と事務官がいきなり「逮捕します」と言い放った。不意打ちだった。
これが特捜部のやり口なのか。逮捕容疑の説明もなく、手錠を掛けられ、腰に縄を付けられる。場違いなほど華やかな色の縄だった。検事が勝ち誇った顔で「感想はありますか」と聞いてくる。私は動転して「ずいぶん急ぐんですね」と答えるのが精一杯。鈍く銀色に光る手錠には、ずっしりとした重量感があった。
この時から、人質司法は始まった。
◆
本記事の全文は「文藝春秋 電子版」に掲載されています(「KADOKAWA前会長 角川歴彦 わが囚人生活226日」)。