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医学部をめざす高偏差値エリートに天才肌の発達障害が多い?

『発達障害』岩波明×『医学部』鳥集徹 ホンネ対談 ♯1

2018/04/30

「食いっぱぐれがない」「偏差値が高いから」。そんな理由で、有名エリート高の生徒たちが競って医学部をめざすようになりました。しかし、医学教育関係者によると、高偏差値の人の中には「医師に向かない人」がいて、その中には発達障害の人たちもいると言われています。

 果たして、今の医学部受験ブームはこのままでいいのか。文春新書のベストセラー『発達障害』の著者で昭和大学医学部精神科の岩波明教授(東大医学部卒業)と、話題の新刊『医学部』の著者でジャーナリストの鳥集 徹さんが、「発達障害と医学部のリアル」を語り尽くしました(全3回)。

*「発達障害」とは ──対談を読む前に──

 発達障害は大きく、ADHD(注意欠如多動性障害)とASD(自閉症スペクトラム障害)に分類される。ADHDは会議で貧乏ゆすりをするなど落ち着かない(多動性)、思ったことをすぐ口に出したり行動したりしてしまう(衝動性)、勉強や仕事でのミスや約束忘れが多い(不注意)といった特徴がある。

 一方、ASDは空気が読めず、対人関係が上手くいかない(社会性の障害)、人の気持ちを汲みながら話すのが苦手(コミュニケーションの障害)、特定のことに非常にこだわりが強い(常同的・反復的な行動)といった特徴がある。いわゆるコミュニケーションが苦手で対人関係が築きにくい「アスペルガー症候群」と呼ばれるタイプの人たちも、近年はASDに包括される概念として扱われるようになった。

 よく誤解されるが、発達障害は脳の機能障害で起こる生まれつきのもので、思春期や大人になってから発症するものではない。また、明らかな知的障害や言語障害のある人から、一見して障害があるようには見えない人まで様々で、むしろADHDやASDの人の中には、記憶力や計算力、想像力などに優れ、天才的な科学者や芸術家として世に名を残した人も多いと言われている。

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都内有名エリート高生徒の母の悩み

鳥集 ここに来る前に、たまたま面白いことがありました。ある女性と仕事をする機会があったのですが、その方の息子さんが都内の有名エリート高に通っておられるんです。その女性も拙著(『医学部』)を読んでくれて、「まさに書いてある通りだ」と言っていました。やはりエリート高では、賢い生徒は医学部を狙う風潮があって、その女性の息子さんも「医学部に挑戦する」と言い出しているんだそうです。ところが、実は息子さんは「ADHD (注意欠如多動性障害)」ぽいところがあって、落ち着きがなくいつもガチャガチャしているので、母親としてはミスをしたら人命にかかわってくる医師にはなってほしくないと。それに息子さんだけでなく、その学校は落ち着きのない生徒が多いらしく、ほとんど学級崩壊のようになっているそうなんです。

岩波 その学校のことはよく知っていますよ。生活指導に関してはいい加減というか、イージーな学校なので、遅刻が多くても全然問題にされない。先生たちもそれでいいと思ってるんです。それでも勉強のできる生徒がたくさんいるので、自由に勝手にやれと。ただ、発達障害の人は高校ぐらいになると、学校へ行けなくなる人が結構います。今、私が診ている患者さんの中にも、その学校を含むエリート高の生徒さんが二人います。一人はADHDにうつ病を合併している。もう一人もADHDでほとんど遅刻ばかりになり、心配したご両親が病院に連れて来ました。その生徒さんもやっぱり医学部を受けて、寮生活をするある医科大学に受かりました。

鳥集 医学部は勉強が大変で、1単位でも落とすと留年する厳しいところです。高校で遅刻ばかりしていた生徒が医学部に入って、通用するんでしょうか。

岩波 寮生活は束縛が厳しいからどうしようかと悩んでいましたので、僕はやめたほうがいいんじゃないかと言ったんですが、結局やめたみたいです。だらしない生活をしていても合格するんですから、真面目にやれば寮生活のない地方の国立大学医学部には受かるでしょう。でも、医師になってやっていけるのかちょっと心配です。かなりのだらしなさなので。

岩波明さん(左)と鳥集徹さん ©白澤正/文藝春秋

偏差値の高い人には発達障害が多い?

鳥集 基本的なことをおうかがいしますが、発達障害の人たちはどうして途中で学校に行けなくなったり、遅刻が増えたりするんでしょう。

岩波 ASDの人はやはり学校になじめないんでしょうね。対人関係が苦手なので、集団に溶け込めない。ADHDの人は、中学ぐらいから睡眠覚醒のリズムが悪くなるんです。そのために、朝、起きられなくなる。だからすごく真面目な子でも、体調が悪くなって、行けなくなってしまことがあります。それに、エリート高では大学の受験勉強に備えて、中学のうちから相当知識を詰め込むので、それに耐えられなくなる人も多いですね。

鳥集 なるほど。前にも先生にうかがいましたが、東大だと医学部に限らず理系学部の学生にADHDやASDの人が多いというお話でした。偏差値の高い人たちは、ASDやADHDの比率が高いと言ってしまっていいものなのでしょうか。

岩波 これは漏れ聞いた話なんですが、学生たちの健康管理を担当する東大の保健センターに精神科の医師が派遣されていて、そこで発達障害の頻度などを調査しているということです。ただあまりにも多いので、公表はできないというのです。そういう話は何回か聞いたことがありますので、おそらく一般人口よりもかなり比率は高いと思います。

鳥集 先生のご著書にもありましたが、天才的な芸術家や学者を調べた海外の研究で、こうした人たちの中に、発達障害の人が多いことを示唆する論文があるそうですね。

岩波 そうです。ただ、一般の人たちと比べて偏差値の高い人にADHDやASDが多いかどうかをきちんと検証した研究はありません。おそらくその通りだろうとは思うんですが、アカデミックな論文はこれからでしょう。