「いつか書こうと思っていたこと、語り残しておかなくちゃということがいっぱいあるんです。あの時代の“熱”や業界の裏事情をリアルに知る人がだんだん減っているし、インターネットの情報は不確かなものが多い。だから、これはもう私が書くしかないなっていう使命感がありました」
このたび、『「JUNE」の時代 BLの夜明け前』を上梓した佐川俊彦さん。そんな思い入れたっぷりに書き上げた本書の内容は、知る人ぞ知る雑誌『JUNE(ジュネ)』が創刊された1978年から、休刊を迎えた95年あたりまでのBL界隈の業界史&裏事情を、自身の雑感を交えて綴ったものだ。
BL=ボーイズラブ、つまり男性同士の愛をテーマにしたジャンルのことだが、『JUNE』はその元祖とも称される伝説的雑誌である。佐川さんは、その生みの親であり、のちに編集長も務めた人物だ。
「子どもの頃から本が好きで何でも読みましたけど、特にマンガは大好きでした。文章を書くのも好きだったので、大学生になると、マンガやサブカル周りに詳しいライターとして重宝され、いくつかの雑誌に寄稿するように。アルバイト先も出版社です。ある時そこで、何か目新しい企画はないか? と問われて出したのが、当時、少女マンガで流行り始めていた、“美しい男の子同士”を扱った女性向け雑誌の案でした」
企画は通ったものの、諸事情から、当初考えていたマンガ専門誌は断念せざるを得なかった。では、いかに読者に満足してもらえるものを作るか? 佐川さんの編集者としての挑戦はそこから始まっていく。
「創刊号から『風と木の詩(うた)』で人気を博していた竹宮惠子さんに表紙画を描いてもらいました。マンガはもちろん、小説に評論、インタビューなども掲載。また音楽はデヴィッド・ボウイ、映画なら『ヴェニスに死す』を取り上げて……、『JUNE』は、美少年にまつわる総合情報誌のようになっていきました。ネットがない時代ですから、皆、情報に飢えていたんですね」
それからずっと順風満帆ではなかったにしろ、熱狂的な読者に支えられ『JUNE』は幸せな雑誌だったと佐川さんは振り返る。
「まだBLという言葉はなく、ジャンルとしても確立される前でしたけど、本当に求められていることを実感しながら雑誌作りができましたから」
では、女性読者たちからそれほどの支持を受けた理由は何だったのか? 佐川さんは、美少年がもたらした“自由”に言及する。
「女の子が主人公だと描けない世界やストーリーがあると少女マンガ家の方から聞いたことがあります。主人公を少年にしたほうがいろいろなものから自由になれる、と。それを読者も感じていたんでしょう。女性であることの窮屈さ、生きづらさ――。そんな現実から一瞬目を逸らすために逃げ込む“防空壕”、それが『JUNE』なのかなと思っていました」
ゆえに、現在のBLの広がりには感慨よりも驚きのほうが強いという。防空壕はすっかり住み心地のいい要塞となった。エンタメの1ジャンルとして市民権も得た。そして国境も越えた。
「いま、私が教えている大学のマンガ学部には、世界中から学生がやってきます。やはりBLが好きという女子学生は多いですね。ところが、彼らは、“昔のものより今のもののほうがいい”と信じて疑っていないんです。果たしてそうでしょうか? そんなことへの答えとしても、まだまだ書きたいことはいっぱいあります」
さがわとしひこ/編集者、ライター、京都精華大学マンガ学部准教授。雑誌『JUNE』『小説JUNE』を企画・創刊。ドラマCD、声優CD、アニメなどの編集・プロデュースにも携わる。著書に『漫画力~大学でマンガ始めました』。