「『池澤』の名で出す以上、きちんとした作品を書くのが私の責務だと思ってきました」
声優、書評家、エッセイストの池澤春菜さんが初の小説集『わたしは孤独な星のように』を上梓した。祖父・福永武彦さん、父・池澤夏樹さんという作家一家に生まれた気負いを振り返り、安堵の表情を浮かべる。
「書く才能が受け継がれるなら、3代目の私はもうカスカス(笑)。幼少の頃から良い本を読みすぎたので、それに比肩するような作品を書かないといけない、正解を出さないといけないと気負いすぎていました」
小説が好きなゆえに、小説に向き合うことで自分が書けないと明らかになることが怖かった。だが、「駄目なら駄目だととどめを刺さないと一生苦しむ」と、ある決意をしたのは2年前。大森望さんが主宰するSF創作講座に飛び込んだ。
「当時は日本SF作家クラブ会長の職にありましたが、考える時間がなくても、毎月のお題に食らいついて1本必ず書いて、講評と駄目だしを受ける。そのサイクルに自分を追い込みました」
本書には、その汗と涙が凝縮したSF短篇7作品を収録する。「糸は赤い、糸は白い」は第一作だ。人が菌類と共生し、脳にきのこを「植菌」することで、他人との共感能力――マイコパシーを進化させた世界。同じ菌を植えればより親和性は高まるというが、女子高生の音緒(ねお)は、親友コッコと同じ菌を選ぶか悩んでいる。
「講座で『あなたの自己紹介になる作品』を書くことになり、愛してやまないきのこと、自分の中で聞こえやすい声である10代の女の子、を組み合わせました。そもそもきのこが登場する作品に不満があったんです。きのこは侵食するとか、寄生するとか、怖い対象として描かれる。そうではなくて、そのネットワークの一部になれるとか、人と繋がって理解し合えるとか、きのことの共生で幸せになる世界もあり得るのではと。女の子2人の交流と、思春期の心と体の悩みだけではなく、人と人のコミュニケーションの幸せ、不幸せを描きたかった。SFの設定を使うことで、むしろ普遍的なものや、人間をより深く描くことができると思う」
「祖母の揺籠」では、環境異変によって、人類は海中をクラゲのような姿態で漂う。30万人の子供を育てる「祖母」が回想する、在りし日の陸上での生活。「男女がわかるような描写を全部なくして書いた」という。
「声優として演じるとき、~だぞ、とか、~だわ、とかステレオタイプな女性言葉、男性言葉が嫌でした。そんな話し方しないですよね。無意識に性別を決めつける、役割語は外したいと」
ほかに、ダイエットがうまくいかない女性の謎を宇宙に求めたり、AIと仮想現実が普及した世界の限界集落で人と人の繋がりを見つめ直したり、はたまた宇宙人との意思疎通のため、全人類が声優ならぬ「声俑(せいゆう)」という役割を担わされたりと、多彩な作品が並ぶ。声優として様々なキャラクターを演じてきた経験によって、「自分の内なる声は多彩なのかも」と笑う。
「まるで天啓だった」と話すのが表題作「わたしは孤独な星のように」。〈叔母が空から流れたのは、とても良い秋晴れの日だった〉。冒頭の一文が突然頭に浮かんだ。
「人が空から流れる? 主人公たちと一緒に行先のわからない旅に出ました。私の祖母のことを思い浮かべながら。もう二度と会えない、でも残るものはあるんだと私も気づきました」
SFのSは、ステキのS。池澤さんのSFを辿る旅は緒についたばかりだ。
いけざわはるな/1975年、ギリシャ生まれ。声優、歌手、エッセイスト。声優として数多くの作品に出演。日本SF作家クラブ会長(2020~22年)。著書に『SFのSは、ステキのS+』『台湾市場あちこち散歩』『おかわり最愛台湾ごはん』『SFのSは、ステキのS』、訳書に劉慈欣『火守』などがある。