『人工知能が俳句を詠む AI一茶くんの挑戦』(川村秀憲 著)オーム社

「宙吊りの東京の空春の暮」。昨年、緊急事態宣言を受け、人通りが激減した銀座・三越前。いつもの喧騒とは違う、不穏な雰囲気を見事に表現したこの句を詠んだのは、人工知能を搭載した機械俳人「AI一茶くん」である。

 AI一茶くんの生みの親は北海道大学大学院調和系工学研究室のメンバー。川村秀憲教授、山下倫央(ともひさ)准教授、横山想一郎助教の共著『人工知能が俳句を詠む』は、一茶くんの仕組みから、これまでの活動の軌跡を綴っている。川村氏によると、開発のきっかけは知人のふとした一言だった。

「普段、我々の研究室は企業や自治体と連携して、AIを使ってよりよい社会を創るための研究を行っています。知人に『AI俳人を作れないか?』というメッセージをもらったとき、難しいところもあるな、と思いつつ、俳句を詠むAIの研究は他で取り組まれていなかったこともあり、二つ返事で『やってみましょう』と返しました」

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 研究が始まったのは2017年夏。過去に詠まれた多くの俳句をディープラーニングによって学習させ、新しい句を詠むという方法を採用した。インターネット上に公開されていた俳句データベースを頼りに、ひらがな化した小林一茶の俳句約2万句を学習させたという。ひらがなでの成句ができるようになったあと、漢字での成句、画像認識の技術を組み合わせ、“写真から句を詠む”ことも可能になった。すでに、人間が詠んだ句と並べても、どちらがAIの句か見分けがつかないほどの出来栄えだ。

 しかし、現在の一茶くんは、一つのお題につき数千以上の句を生成できる一方で、自分で良い句を選ぶことができないのだという。

「人が如何なる基準で俳句を評価しているのかが分かるデータというのはないんです。好みの問題ももちろんありますし、コロナや、経済情勢の変化など時代背景によっても人の判断は変わる。今、AI俳句協会のHPで一茶くんの俳句を公開し、一般の方に点数を付けてもらう試みを行っていますが、これは人の評価基準が少しでも分かればと思い始めたものです」

川村秀憲さん

“良い句”を判断するには、その句が持つ意味、人に与える印象を一茶くんが理解することも欠かせない。

「今の一茶くんは、例えば『苺』を文字でしか知らない状態で句を詠んでいます。人は苺を食べて、それが甘酸っぱいことを知っているからこそ『苺は青春の味』という比喩が出来ます。苺を実際には口に出来ない一茶くんに、それをどう理解させ、解釈につなげるか。例えばYouTubeなどの動画サイトを元に、苺を食べている人の反応を覚えさせれば、理解に近づけるかもしれない。インプットとアウトプットのより良い可能性を探っています」

 AIが俳句を詠むこと、それを研究することは、人工知能に対する理解への一歩であることは間違いないが、同時に「人はなぜ俳句を詠むのか」を考える機会を与えてくれる。

「俳句の世界では、鑑賞した時に心が動き、感情のやり取りが生まれることに意味がありますよね。人が詠んだ句も、AIが詠んだ句も、どういう“感情”のもと詠まれたのかはどちらも分かりませんが、句を通して生まれる感情の相互作用には意味があるはず。AIが俳句を詠み、AIが評価するというAIだけのサイクルには意味がなく、人間がいかに鑑賞しているのか、人の知能に迫るからこそこの研究は面白い。俳句をきっかけに、AIがどういう存在であるべきかを考えさせられます」

かわむらひでのり/北海道大学大学院情報科学研究院教授。「人工知能技術を応用し、人々の幸せに貢献する」をモットーに、人工知能技術の社会応用、社会実装に関する研究を行っている。

人工知能が俳句を詠む: AI一茶くんの挑戦

川村 秀憲 ,山下 倫央 ,横山 想一郎

オーム社

2021年7月7日 発売