『死んだ山田と教室』(金子玲介 著)講談社

 青春小説の系譜に、またひとつ傑作が登場した。

 舞台は県内最難関の私立男子校である穂木高。2年E組の中心的な生徒だった山田は、夏休みが終わる直前、交通事故によって死んでしまう。新学期を迎えたE組の面々は山田の死を受け止めきれず、悲しみに暮れ授業も手につかない状態。見かねた担任が席替えを提案すると、どこからか山田の声が聞こえ出す――。

〈いや、いくら男子校の席替えだからって盛り下がりすぎだろ〉

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 なんと山田は教室のスピーカーに憑依してしまったらしい。ここから山田とクラスメートたちのおかしな日常が始まる。

「会話というものに可能性を感じてこれまで小説を書いてきたんですが、会話劇の手法を落とし込んだミステリーを書けないかと試行錯誤していて……その中で、しゃべり続ける死者を描くために、スピーカーに憑依させるという設定を思いつきました(笑)。書いてみると教室から山田は動けないし、目がないので視覚的な情報も受け取れない。じゃあそんな山田とクラスメートはどう交流するのか……と、設定による制約が起点になってその後の物語が展開していったんです」

 山田に話しかける際の合言葉を決めたり、山田の誕生日には聴覚のみで楽しめるプレゼントを各々が持ち寄ったり、この設定ならではのストーリーが楽しい。しかし高校生活は長くは続かないもの。やがて進級や卒業のタイミングが訪れる。

「ちょうど執筆時に、高校時代の友人と会ったんです。約10年ぶりの再会でした。教室に行けば会えた学生時代とは違って、今はお互いに仕事もあるから日程を合わせないと会えないんですよね。この作品でもライフステージが変わるたびに山田と他の生徒が会うためのハードルは高くなっていく。そこは現実の友人関係と通じるところがありますね」

 面白いのは声で状況を判断するしかない山田と、文字からのみ情報を得る我々読者の状況が似通っていること。小説という表現自体についても考えさせられる、奥の深い作品となった。

金子玲介さん 撮影/江森康之

「それは構想当初から考えていた部分です。第2話で夕焼けの美しさを山田に説明しようと言葉を尽くすシーンがあるんですが、そこは作家と読者の関係を意識しながら書いていました」

 本書は第65回メフィスト賞受賞作だが、金子さんはもともと純文学の作品を書いていた。文藝賞で2度、すばる文学賞でも一度、最終候補まで残り、受賞はならなかったが選考委員からの評価は高く、デビューが待ち望まれていた存在だった。「あなたと犬と」「矢」など、デビュー前の短編を今でもネットで読むことができるが、この頃から会話体をテーマにしていたことがよくわかる。

「『矢』は男子中学生たちの教室での一幕を描いた掌編です。実はこれまで男子目線の小説を書くのを避けてきたところがありました。男子しかいない教室はどうしてもホモソーシャル的になり、女性を排除する方向にいきがちです。でも『矢』を読者の方に評価していただいたことで、この感覚を延長していけば男子視点の群像劇が書けるんじゃないかと思えました。その体験が『死んだ山田と教室』に繋がっています。

 やっぱり下ネタは出てくるんですが(笑)、できるだけ他者を攻撃しない、自己完結的な下ネタのラインを探ったり、表現をかなり工夫しました。私も男子校出身なので、あの時間に思い入れはあるんですよ。あのあっけらかんとした空気感を小説に取り込めていたら嬉しいです」

かねこれいすけ/1993年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学卒業。「死んだ山田と教室」で第65回メフィスト賞を受賞。次回作「死んだ石井の大群」が2024年夏に発売予定。