パリオリンピックまでいよいよ1カ月を切った。韓国でもオリンピック報道は増えてきたが、日本人の知り合いから「そういえばアーチェリーのアン・サン選手はまだショートカットですか?」と聞かれて驚いた。

 アン選手(23歳)は、東京オリンピックで団体、混成、個人で金メダルを獲得し、オリンピック史上初の三冠に輝いた韓国アーチェリーのスター選手だ。韓国では「アン・サンフィーバー」が起きたが、彼女のヘアスタイルがショートカットだったことをきっかけに「フェミニストに違いない」「金メダルを剥奪すべき」という誹謗中傷を受けるなどの騒動に発展。日本を含めて世界的な話題になった。

今もショートカットを貫くアン・サン選手 ©GettyImages

 発端はインスタグラムだった。男女混成で金メダルを獲得した後にアン選手のインスタグラムには激励や賞賛のメッセージが殺到したが、その中に、「どうして髪の毛を(短く)切るのですか?」という書き込みがあった。アン選手はこれに「ラクだからです」と返信。取り立ててなんということはないやりとりだが、これが始まりだった。

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 韓国のZ世代男性が多いコミュニティサイトでこのやりとりが話題になり、アン選手がショートカットで女子大に通っていたことから、「ショートカットで女子大は絶対にフェミ(フェミニスト)だ」とバッシングが始まったのだ。アン選手が「過去にSNSで男性を嫌悪する言葉を使っていた」という罵倒も多く見られた。

 アン選手がそれらの反応を黙殺すると、今度は大韓アーチェリー協会のサイトにターゲットを変え「(男性を嫌悪するフェミニストからは)金メダルを剥奪すべき」と抗議するメッセージまで送り始めた。これは韓国内にとどまらず、海外からも「ジェンダーブリィング(性にもとづく虐め)」と注目を集めた。

東京オリンピックでは3つの金メダルを獲得 ©GettyImages

「結婚しない、化粧しない、太っている、下着をつけない女性は…」

 当時、韓国紙の女性記者の1人は、炎上の背景をこう説明していた。

「結婚しない、化粧しない、太っている、下着をつけない(ノーブラ)というような女性は、韓国ではフェミニスト認定をされて攻撃されることがあります。ショートカットを批判する人々の言い分は、女性らしくない、女性らしく見えない振る舞いをするということは男性を嫌悪しているに違いない、という論法なのです」

 韓国のジェンダー対立は1990年代から激化の一途をたどっている。

 韓国では今も男性に「兵役」が義務づけられているが、過去には公務員試験などにおいて男性が有利になる「軍服務加算点制」が存在した。しかしそれが「女性や障害者の権利を侵害する」として違憲になり、90年代後半になくなった。兵役だけが残ったことで男性の不満が高まり、女性バッシングに走る人も増えていった。