そして2016年5月にソウル市内江南駅付近の男女共用トイレで、20代の女性が女性だというだけで面識もない30代男性から殺される事件が起きると、次は私かもしれないという恐怖心と怒りが女性たちの間に広がり、ジェンダー対立はさらに深まっていった。
2018年には韓国でもMeToo運動がはじまり、それに続いて「脱コルセット運動」が起きた。これは社会が求める「女性らしさ」を拒否するもので、「飾らない権利」が主張された。ショートカットの女性が活動する姿が有名になったことで、韓国ではショートカット=フェミニストというイメージが広まった。
そうした対立の積み重ねが、2021年の東京オリンピックでアン・サン選手に襲いかかったことになる。
「ショートカットにして変ないいがかりをつけられるのがイヤ」
アン・サン選手ヘのSNSでの虐めから3年が経ち、最近はK-POPアイドルにもショートカットはちらほら登場している。それでも韓国の女性で圧倒的に多いのはロングヘアで、メディアに登場するキャスターも胸元まで届くロングヘアが主流だ。
20代の女性に話を聞くと「長いほうがアレンジしやすくてラク」や「ショートカットが似合わないから」というコメントのほかに「ショートカットにして変ないいがかりをつけられるのもイヤですから」という人もいた。
今年の5月には、入隊して間もない兵士が過酷な「軍紀訓練」(懲罰的意味合いの訓練)を受けて亡くなるという痛ましい事件が起きた。その教官だった女性中隊長がショートカットだったことから、韓国では再びショートカットへの嫌悪感が再燃しつつある。
さて、東京オリンピックで3つの金メダルを取ったアン選手は、パリオリンピックへも期待を集めていたが、まさかの予選落ち。髪型は現在もショートカットを貫いている。ちなみにパリ大会に出場する女子アーチェリーの代表選手の中にはショートカットはいない。
韓国はオリンピックのアーチェリー女子団体競技を9連覇している超強豪国で、「パリで目標とする5個の金メダルのうち、アーチェリーにかける期待は大きい」と韓国のスポーツ紙記者は話す。そして、ため息交じりにこう続けた。
「というのも韓国は今大会はバレー、サッカー、バスケットボールなどのチーム競技が軒並み予選で敗退し、出場するのは女子ハンドボールのみ。選手団は東京オリンピックでは354人だったのが、今回は140人あまりです。これはモントリオールオリンピック(1976年)以来48年ぶりの最小規模で、アーチェリーにはなんとしても金メダルを取ってほしいです」