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着物の裾、座る女性の右手、垂れた左の袖…竹久夢二の愛らしい絵が“堅牢”と言われる理由を解説

竹久夢二「星まつ里」(昭和初期)

2024/07/10
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 大正時代に活躍した画家・竹久夢二は、たおやかな女性像を描いたことで知られます。フリーハンド感の強い線、ゆるっとした形が特徴的なため、彼の絵が「堅牢」だと聞くと驚く人も多いのではないでしょうか。歴史作家・司馬遼太郎は『街道をゆく9』(朝日新聞社、1979年)の中で《私は子供のころから夢二の感傷性がよくわからないが、須田画伯にいわせると絵画としての造形性はじつに堅牢なものだそうである》と述べています。

 確かに夢二の作品は表面的にはか弱く見えます。しかし、絵の構造は須田剋太画伯(1906-90)の指摘する通り、非常にしっかりとしたものなのです。後期の作「星まつ里(り)」を例にとってみましょう。2人の女性が七夕の準備をする様子が描かれています。画面右上部を笹が斜めに横切り、画面下部では立ち姿の女性の着物の裾、座る女性の右手、垂れた左の袖が作るラインが笹と平行になっています。そして2人の円を作るような仕草が繋がりを生み、右上から左下の流れを作っています。全体として少し傾いたZ字状を描き、その流れに沿ってスムーズに画面に視線を走らせることができます。このように、表層表現の愛らしさの下に秩序だった構造が隠れているのが夢二の堅牢さなのです。

「星まつ里」

 また、帯の模様といった見所に加え、各要素でコントラストを強調しているのも注目ポイント。例えば、2人の女性の着物はそれぞれ青と赤、ポーズは立ち姿と座り姿、提灯は灯が付いた状態と畳んだ状態、といった具合。こんな風に目を楽しませる切れ味のよい構成力も夢二の魅力です。

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 夢二は小学校時代に良い美術教師に出会い、若い頃から写生に励みました。また、出版物を通して西欧の美術動向からも大いに学び、独自のスタイルを作り上げます。いわゆるグラフィック・デザイナーとしての仕事も多く、こちらでは絵画作品以上に彼の造形や色彩を扱う技量がストレートに発揮されています。夢二デザインの絵ハガキ・封筒・千代紙・半襟などは、西洋で流行していたアール・ヌーボー様式をアレンジしたもので、当時の女性たちに大変な人気を博します。

 また、雑誌の表紙や本の装丁なども多く手がけ、雑誌『婦人グラフ』の表紙「花火」もその一つ。この雑誌が発刊されたのは関東大震災の翌年、1924年のこと。東京の街は復興の過程で近代化し、ファッションも和装から洋装へと移っていく時でした。夢二は当時の欧米で流行し始めていた幾何学的なアール・デコ様式を取り入れ、簡潔な線と形で花火を持つ女性を描いています。青い色面で画面を左上から右下へと大胆に区切り、女性を右上から左下の対角線に沿う形に描くことで、X状のインパクトのある構図になっています。

「花火」(雑誌「婦人グラフ」第1巻第4号表紙)
1924年 木版・紙 夢二郷土美術館蔵

 夢二は西洋と東洋のいいとこ取りをし、独創性のあるモダンな画風を確立し、多方面で活躍しました。仕事ぶりもまた堅牢な画家だったのです。

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「生誕140年 YUMEJI展 大正浪漫と新しい世界」 
東京都庭園美術館にて8月25日まで
https://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/240601-0825_yumeji/

着物の裾、座る女性の右手、垂れた左の袖…竹久夢二の愛らしい絵が“堅牢”と言われる理由を解説

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