大きな目玉のような3つの丸と無数の絡まり合う線から成るこの作品は、ほとばしるエネルギーを感じさせます。この絵はなぜこんなに力強く見え、何を表すのでしょうか。
作者の田中敦子(1932-2005)は、兵庫県芦屋を拠点にした前衛芸術団体「具体美術協会」の主要メンバーとして活躍。「具体」は吉原治良(よしはらじろう)を中心に、白髪(しらが)一雄・村上三郎・金山明らが属し、田中敦子はもちろん、いずれも力強い抽象画で知られます。
本作の原点は、「第2回具体美術展」(1956年)で発表された「電気服」です。カラフルに塗られた電球と管形の細長い電球を組み合わせてドレス状に仕立て、明滅させるというサイケデリックな作品でした。同時に、電球とコードによる表現を二次元に転換した素描も展示し、以降そのテーマを発展させた絵画作品を次々と制作。本作はそのシリーズの中の1枚です。
田中作品は50年代にはすでに国内外で評価され始め、65年にはニューヨーク近代美術館が作品を買い上げるほどに。しかし、1人だけ世界的な注目を得ていく田中と「具体」リーダーの吉原との間には次第に軋轢が生じ、同年、田中は後に夫となる金山と共に退会。本作はその翌年、精神的に疲弊しきっていたときを経て、凝縮したエネルギーが外へと広がっていくような作風へと変化した時期に作られたものだったのです。
この絵が持つ躍動する力は、色と形と質感のみで表現されています。鮮やかな原色で、はみ出さんばかりに画面一杯に描かれ、まるで手前にせり出してくるよう。もっとおとなしい色使いで、これらの丸が一回り小さかったら、ここまでの迫りくる圧はなかったでしょう。しかも、同心円状の丸が上から大・小・中の順で逆C状に並ぶことで、変化がつき、脈打つような動きを感じさせます。
なかでも最もパワフルさを演出しているのは、あふれ出し暴れまわっている線たちです。加藤瑞穂『田中敦子と具体美術協会』(大阪大学出版会、2023)によると田中は常に画面を床に置き、覆いかぶさるようにして描いたそうです。また、樹脂塗料を用いたのは線がかすれず、タッチが出にくく、コントロールが利くからだったとか。本作は193.8cm×130.8cmと大きな画面。この上で田中がどう動き、どんな方向に線をはしらせようとしたのかを思い浮かべながら鑑賞できるのも、田中の絵の醍醐味です。
丸は電球に着想を得たものですが、それ以外にも円形のさまざまなものを連想させます。太陽のような光る球体全般、さらには魂のような目に見えないものの輝きを象徴的に表すかのようでもあります。また、線が丸からうねり出て丸同士を繋ぎ、さまざまな経路で互いに結びついている様子は、血管や神経といった体の働きや、世の中のしがらみといった有機的なネットワークも思わせます。田中の絵はシンプルな形状だけで構成されているからこそ、何か根源的なものまで想起させる力があるのです。
INFORMATIONアイコン
「TRIO パリ・東京・大阪 モダンアート・コレクション」
東京国立近代美術館にて8月25日まで
https://www.momat.go.jp/exhibitions/558