「既存のDV加害者プログラムは、被害者支援のための加害者支援です。つまり、『誰かのために生きる、変わる』ということを支援しています。しかし僕は、誰かのために生きよう、変わろうとしている限り、加害者であることをやめられないんじゃないかと思っています」
確かに、「誰かのために変わる・償う」では、その人が認めたり許したりしてくれない限り終わらない。そうなると、「こんなに頑張ってるのにどうして許してくれないの?」「だったら俺も許さないからな!」ということにもなりかねない。
「自分と他人のニーズを知ろうとすること、ケアしようとすること、間違っていたら学び直そうとすること、そしてお互いにそうなれない関係を終了することを『加害者変容』と呼ぶなら、それって『幸せになることと同じ』ですよね? 既存のプログラムだけではそれを説明しきれていないように感じたので、もちろんトラウマ治療やジェンダー的な知見、心理的な知見などは含んだ形で、新たにプログラムを作りました」
「G.A.D.H.A」では、チャットツールSlackを使い「悩み相談」「弱音の共有」などができる匿名のオンラインコミュニティを提供。隔週から月に1度、オンラインで読書会や悩み相談会を開催するほか、毎月、最大6名の少人数制のプログラムを有償開催している。
考え方やコミュニケーションの“正しいフォーム”
中川さんが自分を変えるために読んだ文献の数は、100冊以上にのぼった。
「知識の獲得は、素振りで“正しいフォーム”を教えてもらったようなものです。それまではめちゃくちゃなフォームで試合に出ていて、しかもそれを側で修正してくれる人もいない状況でしたから」
中川さんのこの言葉から、「トラウマは連鎖する」第1回で取材した、中村カズノリさんのことを思い出した。彼もこう言っていた。
「DVとは価値観の押し付けです。その押し付けが発生する心のメカニズムは、それまで生きてきた環境の中で身体に染み付いているので、変えるのは容易ではありません。例えばスポーツや武道には、見た目も綺麗で安全な体の動かし方、フォーム・型がありますが、間違った『型』では、なかなか思うように上達しませんよね。考え方やコミュニケーションも同じで、身体に染み付いてしまった間違った『型』を覚え直すには、しんどさを感じない正しい『型』を間近で見ながら、自分もそれに合わせていくという作業を継続していくことが必要になるかと思います」
うつ病の治療のために心療内科に通い始めた中川さんの妻は、カウンセラーに中川さんのことを話したところ、「夫さんのほうが深刻だから、夫さんを連れてきてください」と言われた。
後日、妻に連れられて心療内科を受診した中川さんは、ASDとADHDの診断を受けた。診断を受けたことは、中川さんの助けになった。
「良かれと思ってやっていたことで関係を悪くしていたことに気付き、自分が悪いんだということがわかったら、正直嬉しかったです。幸せになるために生きているのに、全然幸せになれなかった。でも原因が分かったので、幸せに近づけますから」
中川さんは“正しいフォーム”を自分の身に覚え込ませていった。