先日、人間ドックの結果が出た。中性脂肪の値が大幅に増加していた。理由はよく分かる。食生活だ。ただでさえ運動不足な上に、よくラーメンを食べている。しかも、「全部乗せ」という言葉に弱い。チャーシュー、メンマ、卵、ネギ――。全て盛られているメニュー写真を見ると、胃もたれへの不安を抱えつつも欲求に負けてしまう。数値は、その当然の報いといえる。
映画も、できれば「全部乗せ」がいい。今回取り上げる『黒い画集 ある遭難』がまさにそう。「原作・松本清張」「脚本・石井輝男」「テーマは山岳遭難」「ひたすら男臭い人物配置」「後味の悪いラスト」――筆者の大好きな要素がどっさり盛り込まれている作品だ。
しかもありがたいことに、この「全部乗せ」はラーメンと異なり、それぞれ具材が調和して胃もたれの心配のないアッサリ仕立てになっている。石井輝男の脚本なので、『網走番外地』シリーズや異常性愛映画のようなコッテリ感を想像してしまうが、そうではない。一言で表すと、「前半と後半で同じ山に同じコースで計二回登る」それだけの話だ。
最初の登山は夏が舞台。江田(伊藤久哉)、浦橋(和田孝)、岩瀬(児玉清)の三人が北アルプス・鹿島槍ヶ岳に挑む。だが、最初からバテ気味であった岩瀬が低体温症を悪化させ我を失い、崖で転落死してしまう。前半は、彼らが遭難していく様が綴られている。
「思わぬ悪天候」「地形を見誤っての道迷い」「撤退の判断ミス」「地図の不所持」――遭難する要件の「全部乗せ」といえる一連の描写は細部まで実に丁寧で、登山者が山で命を失うプロセスがドキュメント映像のように生々しく迫る。
そして後半は冬。山に慣れているはずの岩瀬がなぜ――。そんな疑問に駆られた岩瀬の従兄・槇田(土屋嘉男)が「遭難地点で献花したい」と江田を誘い、雪の鹿島槍へ入る。
ここでは、何も起きない。それでも、全く飽きさせない。何かを既に掴んでいそうな土屋とそれに気づいて不安げな伊藤の演技が抜群で、ちょっとした言葉や動きに不穏な緊張感が生まれているため、片時も目が離せないのだ。これにロケーション撮影による雪山の景色の雄大さ、さらにアイゼンやピッケルなど登山用具の扱いのディテール描写が加わり、映し出されているのがオッサン二人だけにもかかわらず、なんとも色気のある贅沢な映像に見えてくる。
そして迎える急転直下の理不尽なラスト。唖然としたところで物語は唐突に終幕する。
映画なら後味が悪くても、それは時間と共に旨味に変わる。しかも数値に跳ね返らない。「全部乗せ」は、しばらくは映画だけに留めておきたい。