将棋をめぐる人物描写に注目
小説に目を向けよう。近年の収穫は柚月裕子『盤上の向日葵(ひまわり)』(中央公論新社)だ。山中で発見された白骨死体が将棋の駒を抱いていたという現在の事件と、昭和四十年代に始まる将棋好きの少年の話が交互に綴られる。ミステリとしての吸引力もさることながら、圧巻なのは少年のパートだ。母を亡くし父の虐待を受けて育った少年が将棋で身を立てようとするのだが……。宿命を背負った若者と、全国を飛び回る刑事。その構図は松本清張の『砂の器』へのオマージュでもある。
塩田武士『盤上のアルファ』(講談社文庫)、『盤上に散る』(講談社)はシリーズもの。前者はプロ棋士を目指す破天荒な男と左遷された新聞記者の物語。後者は母の遺品から見つけた手紙を相手に届けようとする女性の話で、登場人物の多くが共通している。
コミカルで個性的な登場人物たちや軽妙な関西弁のかけあいが楽しいが、コメディと思って読んでいくと思わぬ感動が用意されているので油断できない。
若き女性棋士たちを主人公にしたのが橋本長道『サラの柔らかな香車』(集英社文庫)だ。他者とうまくコミュニケーションがとれないブラジル生まれの少女サラ、女流棋界のスター塔子、天才小学生ともてはやされる七海。タイプの違う三人の女性の挑戦や挫折を並行して描きながら、才能とは何かというテーマに挑んでいる。
高嶋哲夫『電王』(幻冬舎)はコンピュータの将棋ソフトとプロ棋士の対決の物語だ。対戦するのは七冠を制覇したトッププロと、人工知能研究で世界から注目される研究者。そのふたりは小学生の頃から一緒に将棋を楽しみ、ともに奨励会に入ったかつての親友だった……。
コンピュータ対局の描写もさることながら、対照的なふたりの人物造形が実に秀逸。切なくて、けれど温かな友情物語だ。読後感は実に清々しい。