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棋士の現実に肉薄

『聖の青春』(大崎善生)
『聖の青春』(大崎善生)

 大崎善生聖の青春(講談社文庫、角川文庫)は村山聖の生涯を追ったノンフィクションである。五歳で腎ネフローゼを発症、入退院を繰り返す中で将棋と出会う。奨励会に入って順調に昇級・昇段するも、二十七歳で膀胱癌を発症する。

 命を削って将棋に懸けた男の凄まじい人生。トイレにすら立てずペットボトルに用を足す。自分が生きているのを確認するため水道から水滴の落ちる音を聞き続ける。近所の男性が毎日見回って、道で倒れた聖を将棋会館まで運ぶ。

 印象的な場面がある。中学生の聖がたまたま寄った将棋センターに、真剣師の小池重明が来るのだ。聖は小池と対局し、激戦の末に勝つ。小池は聖に「僕、強いなあ」「がんばれよ」と声をかけた。小池に励まされたことで聖は病を押してプロになる決意をするのである。運命の出会いだ。

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 その小池の凄絶な生涯をつぶさに描いたのが団鬼六真剣師 小池重明(幻冬舎アウトロー文庫)。真剣師とは賭け将棋を生業とする棋士のことだ。小池はとにかく強く、〈新宿の殺し屋〉と呼ばれるほどだった。だがその生活は無頼の極み。暴行事件を起こして留置場から対局に駆けつけたり、将棋道場の金を盗んで人妻と逃げたり。

 それなのに、周囲の者は何度裏切られても、彼の将棋をまた見たいと思ってしまう。それほどの熱の渦がページから立ち上る。

 小池のように無類の強さを誇ってもプロにはなれない。なぜならプロ棋士になるためには奨励会に入らねばならず、そこで規定年齢までに規定の段位に到達できなければ退会という決まりがあるからだ。

 大崎善生将棋の子(講談社文庫)は年齢制限で退会を余儀なくされた若者たちを追っている。天才と呼ばれ意気揚々と奨励会入りした少年たちを襲う挫折。強制的に夢を断たれる年齢制限という制度。華々しい有名棋士たちの陰には、消えていった多くの影があるという厳しさを知ることができる。

 そんな奨励会のシステムに風穴を開けたのは、やはり年齢制限で一度は退会した瀬川晶司五段だ。彼は退会後にサラリーマンとして働きながらアマの世界で勝ち続け、プロとの対戦でも連勝。プロ編入の嘆願書を出すに至る。その過程を本人が綴ったのが泣き虫しょったんの奇跡(講談社文庫)。棋界のノンフィクションといえば壮絶なものが多い中、ごく普通の価値観で書かれた本書には共感する読者も多いはず。

 気楽に読んで笑える観戦記が、この三月に文庫化された。逢坂剛船戸与一志水辰夫夢枕獏といった文壇の将棋好きたちによる対局をレポートした棋翁戦てんまつ記(集英社文庫)だ。作家同士が戦い、その観戦記を別の作家が書き、それに戦った本人たちがツッコミを入れる。作家だけあってその文章は実に芸達者である。

真剣師小池重明 (幻冬舎アウトロー文庫)

団 鬼六(著)

幻冬舎
1997年4月1日 発売

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将棋の子 (講談社文庫)

大崎 善生(著)

講談社
2003年5月15日 発売

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棋翁戦てんまつ記 (集英社文庫)

逢坂 剛、船戸 与一、志水 辰夫、夢枕 獏(著)

集英社
2018年3月20日 発売

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