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モデルは「週刊文春」!? 記者の仕事の舞台裏を描く

『スクープのたまご』 (大崎梢 著)

2016/05/30
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新米週刊誌記者の実態描写、お見事なり! 主人公・日向子の疑問や悩み、喜びに、自分の脳内がシンクロし、ざわざわした感情に、しばし放心した。

 大崎梢さんの人気シリーズ「千石社」ものの第3弾にあたる本書。『プリティが多すぎる』では少女ファッション誌に配属になった男性編集者の困惑を、『クローバー・レイン』では文芸編集者をリアルに描いた著者が、今回は、週刊誌記者デビューを果たした、入社2年目女子の奮闘と成長を丁寧な取材とみずみずしい筆致で掬い取る。

 私ごとで恐縮だが、約30年前の入社時は、好奇心丸出しで週刊誌希望だったのが、なぜか文芸部門に配属。入社10年を超えてから畑違いの月刊総合誌「新潮45」に異動、37歳で編集長を拝命してからも、独自路線のスクープや「事件もの」に血道を上げた。

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 しかも44歳にして「憧れの」週刊誌に「今更」異動。週刊誌稼業は3年にも満たなかったので、先輩面できる立場ではないが、月刊誌での現場記者経験の際に得た大きな教訓がある。

 本書にもある「人の家の不幸に群がってあなたは恥ずかしくないのか」という問い。これは記者をやったことのある者なら一度は必ずぶち当たる。私も被害者の遺族を訪ねる度に呼び鈴を押せずに逡巡してしまうことに悩んでいた。そのときベテラン事件記者がこう言った。「俺は今でも最初のノックは絶対に緊張するし、他人の不幸にズカズカ踏み込んでいくのも躊躇(ためら)う。でも、逆にその躊躇いを全部失くしたら記者として終わりなんじゃないかな」。同様に日向子の先輩・布川の言葉も、文芸から事件に移った私には殊更響く。「私たち編集者は、死体についての記事を書くときと、小説の原稿を読み込むときと、自分の中の、奥の奥に同じものを持ってなければいけないのかもよ」。深い!

 主人公はひたすら現場を飛び回る。見知らぬ人の家での寝泊まりも厭わない。小心だがここぞという度胸があり愛嬌もある。危機管理能力も備え、目先の美味しそうなネタをギリギリで疑う胆力もある。ビビりながら! そんな日向子のような記者が育っているうちは、この業界もまだまだ大丈夫。大新聞やテレビが追わないものを炙りだす週刊誌の調査報道のスクープはこの世の中に必要だと信じてやまない一人として嬉しくなる。

 業界関係者はもちろん、すべての社会人に共通する悩みに涼風を送る読み味は、オバはん編集者のカビた脳にも効いた、めっちゃ効いた! 5月病の季節にありがた~い特効薬だ。

おおさきこずえ/〈成風堂書店事件メモ〉シリーズ第一作となる『配達あかずきん』で2006年にデビュー。書店や出版社が舞台の小説で人気を博し、児童書などに活躍の場を広げる。著書に『平台がおまちかね』『空色の小鳥』『誰にも探せない』など。

なかせゆかり/1964年和歌山県生まれ。新潮社出版部部長。TOKYO MX「5時に夢中!」に木曜コメンテーターとして出演中。

スクープのたまご

大崎 梢(著)

文藝春秋
2016年4月22日 発売

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