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その瞬間、サトテルになった

 料金箱に300円を投入。球速を設定する。左打者専用打席の場合、球速は110キロ、120キロ、130キロの3種類から選べる。ウォーミングアップなんかしていると逆に体力を消耗しそうだったので、いきなり球速130キロに設定する。

 佐藤輝明になりきりグリップエンドに小指をかけバットを高く掲げる。

 緊張の第1球。フルスイング!! あれ!? 球には当たったのだが、変な感じ。

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 2球目。軟球なのに、どん詰まりで手がしびれる。3球目。比較的ちゃんと当たったのに、思ったように飛んでいかない。などなど、最初の25球は空振りこそほとんどしなかったものの、納得できる当たりは1球か2球だけ。

 おかしい。振った感触は悪くない。85cm900gとなかなかの重量級バットだが、バランスが良いので振り切れないほどではない。ただ、自分が打ちにいくタイミングとバットの出るタイミングがずれている。もしかしたら、自分に合わないバットではないか。疑心暗鬼がふくらむ。

 とはいっても、簡単には引き下がれない。佐藤輝明になりきるためにしていた大きく上段に構えるのをやめ、少しでも球に当たる率を上げるためシンプルな構えにする。さらにバットの持つ位置を上げたり下げたりと微調整するも、なかなか芯でとらえきれない。バットについた跡を見るとボール3個分以上の幅があった。

 試行錯誤を重ねながら振り続けること数十球。その瞬間は突然訪れた。

 バット先端からボール1個分手前にある狭い芯をとらえた打球は見たことのないような速度と角度で飛んでいった。目の覚めるような一撃が新宿の空を突き抜ける。梅雨入り前の蒸し暑い、どんよりとした雲が一瞬にして吹き飛んだように見えた。その打球の行方を確認するとバッティングセンターなのにバットを放り投げ、確信歩きを始めていた。

 妄想上の飛距離は130m超。甲子園球場右中間高くに掲げられているMIZUNOの看板目がけて解き放たれた打球は浜風をものともせずカクテル光線できらめくライトスタンド中段に消えていった。

 その瞬間、サトテルになった。

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