作家、佐藤賢一が見た「妻のこわさ」

 サン・テグジュペリときたら、本当に何がしたいのかわからない。コンスエロには自分の妻でいてほしい。そのくせ一緒にいることはできない。かげでは「魔女」などと呼んでいたともいい、どこかコンスエロを恐れる風さえ窺える。まあ、妻はこわいものなのだと平易にまとめられるなら、私も結婚二十五年目に入るので、かの大作家が俄に仲間に思えてくるが、サン・テグジュペリのほうは、何をいうか、きちんと読めと、『星の王子さま』のページを押しつけてくるかもしれない。

「肝心なことは目には見えない」と王子さまは忘れないように繰り返した。

「あんたのバラがあんたにとって大切なものになるのは、そのバラのためにあんたがかけた時間のためだ」

「ぼくがバラのためにかけた時間……」と王子さまは忘れないように繰り返した。

「人間というものはこの真理を忘れているんだ。だけど、忘れてはいけない。あんたは自分が飼いならしたものに対してどこまでも責任がある。あんたはあんたのバラに責任がある……」

「ぼくはぼくのバラに責任がある……」と王子さまは忘れないように繰り返した。

(文春文庫『星の王子さま』倉橋由美子訳より)

 時間をかけた。だから責任がある。それが妻なる存在のこわさということなのか。

 

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 空を飛ぶことを渇望し続けた飛行士であり作家のサン・テグジュペリ。ナチスドイツの動向を探るべく愛する祖国フランスに偵察へ飛び立った後、彼が最後に見た光景とは――。ぜひ、傑作小説『最終飛行』をお楽しみください。

【佐藤賢一さんプロフィール】
1968年山形県鶴岡市生まれ。山形大学教育学部卒業後、東北大学大学院文学研究科で西洋史学を専攻。93年『ジャガーになった男』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。99年『王妃の離婚』で直木賞、2014年に『小説フランス革命』で毎日出版文化賞特別賞、23年に『チャンバラ』で中央公論文芸賞を受賞。主な作品に『双頭の鷲』『二人のガスコン』『黒い悪魔』『象牙色の賢者』『女信長』『新徴組』『開国の使者 ペリー遠征記』『ハンニバル戦争』『ファイト』『英仏百年戦争』『日蓮』『王の綽名』など。