老若男女から愛される世界的ベストセラー『星の王子さま』。この謎めいた終わり方をする小さな珠玉の物語は、いまだ多くの読者の心を摑んで離さない。その生みの親はフランス人作家のサン・テグジュペリ。歴史小説の第一人者であり直木賞作家・佐藤賢一さんの手により彼の半生を鮮やかに描いた小説『最終飛行』が今月、文庫化された。信念を貫き行動し続けた魅力あふれるテグジュペリだが、妻コンスエロとともに自由奔放で規格外の夫婦だったようだ。この点に着目した佐藤さんに、文庫化を記念して、本書に秘められたもう一つの興味深い物語についてご寄稿いただいた。

人間味あふれるサン・テグジュペリの魅力に圧倒された小林エリカさんの解説、見逃せません!

『星の王子さま』に登場する「バラ」とは何か?

 サン・テグジュペリの『星の王子さま』には「バラ」が登場する。それは、どこからか飛んできた種が芽を出したものだ。とても美しい花が咲いたから、王子さまは水をやったり、風よけの衝立を立てたり、日が暮れたらガラスの覆いをかけてあげたり。不平や自慢話も聞いてあげた。それというのも断れば、花は王子さまを申し訳ない気持ちにさせるために、わざと咳をしてみせるからだ。「バラ」の我儘に嫌気がさして、王子さまは星を出ていく──と少し書いてみるだけで、この「バラ」は女性なのだと疑いもない。となれば、誰かモデルがいたのだろうかと、またぞろ気になってくる。

 答えはコンスエロ・ドゥ・サン・テグジュペリ、作家アントワーヌ・ドゥ・サン・テグジュペリの妻である。中米エル・サルバドル生まれのラテン美女で、小柄で可愛らしかったコンスエロは、喘息持ちで、都合が悪くなると、こんこん咳をしてみせたというから、もう「バラ」のモデルで間違いない。

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 いや、違うという向きもある。モデルは別な女性なのだとか、そもそも「バラ」が象徴しているのは人間でなく、女性名詞で表される作家の祖国「ラ・フランス」なのだとか。いずれにせよコンスエロではないと、わけてもサン・テグジュペリの遺族、甥や姪の一族などは躍起に否定しているが、それでも「バラ」はコンスエロだとみるのが定説である。

 コンスエロ自身が、そういっている。夫サン・テグジュペリとの日々を綴った、『バラの回想』という本を出しているのだ。自称して憚らない高慢も、「バラ」そのものじゃないかと、もう納得するしかない。

時代の寵児だったアントワーヌ・ドゥ・サン・テグジュペリ。
(1900~1944)イラスト:塩田雅紀