一代で閉店する立ち食いそば屋が多い中、立ち退きや再開発で移転を余儀なくされても、神保町から虎ノ門そして茅場町へ場所を変え、しかも二代目が継承して今も上質な天ぷらとうまいつゆ、きりっと締まった生そばを提供している流浪の名店がある。「峠そば」である。

茅場町「峠そば」が7月17日に再開した

「峠そば」は1969年に神保町で創業した

「峠そば」は昭和44(1969)年、神保町のすずらん通りの今はなき牛丼「たつ屋」の右隣、今のセブン・イレブンの左隣で創業した。一代目は現店主柏木秀之さんの父、柏木照雄さんと妻の満江さんが2人で切り盛りしていた。

 店は細長く狭かったせいか「スタンドそば」の愛称で親しまれた。先代の作る天ぷらが美味くて大人気となった。今の「峠そば」同様、たくさんの天ぷら種を選べるシステムで、店内には胡麻油の香りが漂っていたそうである。

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 その後商売は順調だったのだがバブル景気の煽りを受けて立ち退きすることになり、平成5(1993)年に港区虎ノ門1丁目に移転した。その際に「峠そば」に改名したという。

 平成20(2008)年に入り現店主の秀之さんが引き継ぎ、さらに味に磨きをかけていった。

 虎ノ門の「峠そば」は近隣の新聞社の記者や作家の方にも愛されていた。故・坪内祐三さんは神保町の時代からのファンだった。平松洋子さんのお気に入りの店の1つにもなっていた。

虎ノ門にあった「峠そば」

虎ノ門「峠そば」は2023年1月19日に閉店

 しかし、虎ノ門の「峠そば」は2023年1月19日に惜しまれながら閉店した。「虎ノ門一丁目東地区第一種市街地再開発事業」による再開発に伴い、一帯の小規模ビルは人気飲食店と共にすべて更地となった。

「峠そば」はどうなるのか、閉店時には大勢のファンが押しかけ店主に別れを惜しんだが、具体的なプランは描かれておらず、このまま閉店してしまうのかと嘆く声も多かった。

 先代と店主の親子喧嘩も見られなくなるのかと思うとなんだか寂しい。秀之店主には閉店間際に、落ち着いたら酒でも飲もうと話していたが、それも実現できず仕舞いになっていた。