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地方創生への本物の処方箋

『町の未来をこの手でつくる 紫波(しわ)町オガールプロジェクト』 (猪谷千香 著)

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いがやちか/1971年、東京都生まれ。明治大学大学院博士前期課程考古学専修修了。産経新聞で文化部記者等を経た後、ドワンゴでニコニコ動画のニュースを担当。2013年よりハフィントンポスト日本版記者。著書に『つながる図書館』『日々、きものに割烹着』など。

「岩手県紫波町の駅前開発プロジェクトは、これまでどうして他の自治体で行われてこなかったのかが不思議なくらい、一つ一つがとてもまっとうでした。市民の声をきちんと吸い上げて街作りに反映していく。最初に箱物ありきではなく、どういうテナントを入れるか精査してから、無理のない賃料設定にできる建物を考えて建設費をシェイプアップしていく。一つ一つを徹底的にやって洗練された計画にしていったんです」

 国会でも地方創生の成功例として紹介され、全国の自治体から視察が押し寄せる「紫波町オガールプロジェクト」。人口わずか3万人、今後30年で人口減少率33%と予測されたこの町に、今や年間90万人が訪れる。この全国でも珍しい「公民連携」のプロジェクトの全容に迫った猪谷千香さんによるルポ『町の未来をこの手でつくる』が刊行された。前著『つながる図書館』で新しい時代のコミュニティデザインのあり方を探った気鋭の書き手だ。

「全国の公共図書館を取材する中、2012年にできた紫波町の図書館が独自の農業支援サービスを展開していて最初に興味をもちました。初めて紫波中央駅を降りた時、駅のすぐそばに緑色の芝生が広がっていて、町の人たちがビールを飲みながらわいわい楽しく過ごしていたんですね。子供たちが過ごしやすい工夫があちこちになされているし、図書館前の広場には東屋があって高校生が気分を変えてそこでも勉強できるように作られている。一見無駄に見える空間をまん中におくことで、人が集まりやすい場にしてあるんです」

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 本書を読むと、駅前に商業ビルを建てれば集客できて地域経済が潤うという発想がいかに古いかがよく分かる。欧米の先進的な街づくり「ニューアーバニズム」の手法を取り入れ、補助金ありきの公共事業ではなく「稼ぐインフラ」として公共サービスの充実を図った。

「たとえば日本初のバレーボール専用体育館を建てたのも、ピンホールマーケティングで確実に継続的に必要とする人たちを狙っています。紫波町が食べていくのにはその集客規模で十分なんです。でも、こういう成功例の上っ面だけをみて、じゃあこんな図書館や施設を作ろうってしても同じ失敗をくり返すと思う。結果ではなく、市民と共に考えて民間の知恵を活用したプロセスこそ真似してほしいですね。全国で地域格差が広がる今、子供たちに負の遺産ではなく少しでもよい未来を手渡せるように」

高齢化・過疎化・財政難にあえぐ岩手県の人口3万人の小さな町が生まれ変わった! 全国から注目を集める図書館、産直施設、官民複合施設、バレーボール専用体育館、バイオマス燃料のエコ住宅はいかにして実現したのか? 補助金に頼らず、官民一体となって開発した紫波町の10年の軌跡を追った迫真のルポ。

地方創生への本物の処方箋

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