人間には見えない虫の道

養老 人間には見えないものとして菌類が一つと、もう一つは気象、空気の流れです。僕らはよく吹き上げといって、尾根で待っていると虫が結構上がってくる。その近辺で採集しているといろんなものが採れます。

キクリン 山頂には蝶もよく上がってきます。

養老 蝶は尾根で連れ合いを探すという人もいますね。前にカミキリを採っている人と山梨の下部温泉に、スネケブカヒロコバネカミキリが採れるというので行ったことがある。

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 アカメガシワに飛んでくるというのでみんなで探したら、満開の木があった。反対側がスギ林になっていて、こんもりとした空間に、5分に1回飛んでくるんですよ。あの場所が好きなんだな。アカメガシワの花が好きなのではなくてね。

キクリン 自分はクワガタしかわからないですけど、虫が飛ぶ場所には絶対何か理由があると思っているんです。

養老 よくフェロモンというでしょう? (アンリ・)ファーブル(昆虫学者)が計算していますけどね。虫がフェロモンを四方八方に立体的に拡散すると、ものすごく薄くなる。そんなものを感じるわけがないだろうと。感じるとしても匂いの元がどこかわからないから、反対の方に行ってしまうかもしれない。そうじゃなくて、たぶん筋状に流れていると思うんですよ。

キクリン 垂れ流しになっているような感じですね。

養老 そうです。その筋にぶつかると反応して、また次の筋に飛んでいく。筋状に出ていれば、ひっかかる頻度が上がるように飛んでいけるわけです。出すのに効果的な環境も知っている。そこら中に飛んでいってしまうところでは意味がないから。

キクリン それですね。

養老 そういう微小な環境は、枝を1本切っただけでも壊れるでしょ。風の流れが変わってくる。虫サイズで考えると、ものすごく環境って微妙なんですよ。

樹上3mにあるクヌギの樹皮めくれの下に潜むオオクワガタの大歯型 ©INFINITYBLACK

キクリン 林道を1本切り拓いただけでも......。

養老 虫にしてみたら大きな変化です。まさに蝶道がそうですね、決まった道を通るでしょ。あれは日高敏隆さん(動物行動学者)が戦後に一生懸命に苦労して調べたもので、日向と日陰のちょうど間を飛ぶんです。蝶も日向ばかり飛んでいたら体が暑くなってしまうから、すぐ日陰に入れるようにその間を飛んでる。ライトをつけていると虫が集まるからといって、それで光源を広げるために白い布を張るというのも、違うと思っていて。光に集まるんだったら、昼間は全部太陽に向かって飛んでいくはずでしょ。そうならないからやっぱり、光と陰の間を飛ぶんだよね。 

キクリン 昔から虫が光に集まる理由というのが解明されない謎だと言われていますね。

養老 僕が昔読んだ説明では、光源に対して常に一定の角度で飛んでいると。右の目に光が入ったら左の筋肉が動くように。でもたぶん灯りがあると、当然暗いところもあるわけで、その境目に対して垂直に飛んでくるんだと思うんです。

キクリン 太古の夜は月の明かりしかなく、その光は地球に対してほとんど垂直なんですよね。

養老 無限遠ですから。 

キクリン だから、どう飛んでも同じ角度になる。

養老 月を頼りにしていたのが、現代ではやたら“月”だらけになっちゃった(笑)。