事件から目を背けたいは、忘れたいとは、違う。事件を風化させないためにも花や菓子を供えて手を合わせているのだと近隣住民は言う。

犯人が来ていた店

 虐待が起きたアパートから一室、また一室と空き部屋が目立ちはじめた頃、私は行きつけの飲み屋を見つけた。現場からほど近いダイニングバーである。

「やっぱり街にとってはあのアパートは解体したほうがいいんですかね?」

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 ギネスビールを口にしながらマスターに尋ねると、真摯な答えが返ってきた。

「それはそうだけど、街の方々も悔しいんですよ。なぜ気づけなかったのか、何かできなかったのか。今も思い続けています……」

「なんでこんな閑静な住宅街で事件は起きちゃったんですかね?」

「それはわからないけど、私が接した限り、あんな事件を起こすような人間だとは思わなかった」

 そう、偶然にも事件前に雄大は、この店に来ていた。

(文中敬称略)