「ガソリンを使えば多くの人を殺害できると思い、実行した」。2019年7月18日、放火によって36人もの命を奪った、京都アニメーション放火殺人事件犯人の青葉真司被告(46)。なぜ彼は凶行を犯したのか? そこに至るまでどんな人生を歩んだのか? ノンフィクションライターの高木瑞穂氏と、YouTubeを中心に活躍するドキュメンタリー班「日影のこえ」による重版もした新刊『事件の涙 犯罪加害者・被害者遺族の声なき声を拾い集めて』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)

中学時代の青葉容疑者(卒業アルバムより)

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36人を殺害…「京アニ放火事件」

 テレビをつけニュース番組にチャンネルを合わせると、小麦色の建物からもくもくと黒煙が立ちのぼる映像が流れていた。

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 2019年7月18日午前10時半過ぎ。京都府京都市伏見区の住宅街に位置する『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』や『涼宮ハルヒの憂鬱』など数々の人気アニメ作品を世に送り出してきた、京都アニメーションの第1スタジオ。

 地上からの映像のあと、やがて中継は空撮に切り替わった。ブルーシートの隙間からストレッチャーで運ばれる人々。消防隊は必死に消火活動を続けているが、それを嘲笑うかの如く炎と煙は衰えを見せない。

 再び画面が切り替わり、今度は全身にヤケドを負い道路に倒れこむ、赤いTシャツに青のジーパン姿の男を映し出した。のちに判明するのだが、建物1階に侵入し、バケツからガソリンを撒いて放火し、アニメクリエーターら36人の命を奪った加害者、青葉真司(当時41歳)である。男の両腕はヤケドで皮膚がめくれ、ジーパンの右足部分からは小さな炎と煙が出ている。火事の被害者に違いないとばかりにホースで水をかける近隣住民。男はこのとき、9割以上の皮膚が焼け瀕死の状態だった。

爆発火災があった京アニのスタジオ(写真:時事通信)

「話しかけんな、ふざけんな!」

 駆けつけた警察官や住民たちから心配の声があがるなか、青葉は叫んだ。やがて放火は青葉の仕業だとわかり、警察官が身柄を確保すると「俺の作品をパクりやがったんだ!」と怒りに声を震わせた。

 青葉が何のために放火し、多くの命を奪ったのか、その動機は事件から3年が過ぎた現在も裁判が始まっていないため、はっきりとはしていない(編集部注:2024年1月25日に死刑判決)。ただし、京都アニメーションに対して強い憎悪があったことは、奇跡的に生き延びた彼が明確に話している。

「ガソリンを使えば多くの人を殺害できると思い、実行した」

 単なる放火ではない。同社で働く社員たちに殺意を抱いていたうえでの犯行と供述したのだ。果たして盗作の事実などあったのか。たったそれだけで悪逆非道の限りを尽くすものなのか。私にある種の違和感を抱かせたのは、事件直前、騒音を巡って隣室の住人と衝突した際に青葉が「黙れ! うるせえ、殺すぞ。こっち、失うもんねえから!」と吐き捨てていたからだ。自己肯定感の欠如がだだ漏れる、この言葉。作品をパクられた以外に大きな挫折があったに違いない。

 事件に至る青葉の心情を突き詰めようとする報道はなく、被害者を実名で報じるべきか否かの議論が過半を占める。となれば、自ら取材をするしかない。青葉真司とは何者か。何に支配され世間を震撼させる大事件を起こしたのか。