「ナラティブ」と「現実」
――西側ではイスラエルの評判がすこぶる悪い。イスラエルのハマスに対する軍事作戦は均衡を欠いているという見方が主流だ。
「その事実については承知している。アメリカのアイビーリーグなどの名門大学では、パレスチナ人を支援し、イスラエルを非難する活動が活発になっているが、エリート学生たちは、ユダヤ人の複雑な歴史をわかろうとしていない。ユダヤ人の歴史はTikTokやYouTubeショートで10秒間動画を見たからといって理解できるものではない。動画には、パレスチナ人の子供が泣き叫んでいる姿が映される。その背後にはイスラエル軍の攻撃による廃墟が映っている。人々の思考はこのような動画により感情を刺激されることで形成される。さらにソーシャルメディアは適切なアルゴリズムを組むことによって、かなりの程度まで人間の感情を支配し、別の世界を作り出すことができる。ここでは、事実よりも、発信者の考える真実が重要になる。アルジャジーラが作成した優れたビデオ1本で事実をひっくり返すことができる。標的とした人々の心を揺さぶるナラティブ(物語)を作る者が情報戦で勝利する」
――情報戦でイスラエルは明らかに劣勢だ。
「それは仕方がない。重要なのは、ハマス問題についてイスラエルの若者層が欧米の若者層と異なる認識を持っていることだ。これは、イスラエルのプロパガンダが成功しているからではない。イスラエル社会は狭いので、家族でなくとも親族や友人に10月7日にハマスによって殺害された人、暴行された人、人質として連れ去られた人が必ずいる。だから、ナラティブよりも社会の現実の方が力を持つのだ」
多くの日本人にとっては違和感を覚えるかもしれないが、これが私が今回会ったイスラエル人全員に共通する認識だ。この点を理解せずには、この紛争を停戦や和平に導くことはできない。
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本記事の全文は、「文藝春秋」2024年9月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています(佐藤優「2泊4日 イスラエル電撃訪問記」)。
全文(9000字)では、佐藤優氏が詳細に現地の状況をレポートしている。
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