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ただ、ファンにはどうしても越えられない壁もあった。つんく♂が一流のミュージシャンであったことだ。しかしそれゆえに、つんく♂がモー娘。の音楽を生み出す現場に立ち会えたのも『ASAYAN』のほかにはない魅力だった。

歌詞には書かれていない「言葉」

たとえば、新曲のレコーディング風景はそのひとつ。なかでも印象的だったのが、独特の歌唱指導である。

モー娘。最大のヒット曲「LOVEマシーン」のレコーディング。後藤真希(13歳でありながらオーディションに金髪で現れ周囲の度肝を抜いた話は有名だ)が新加入で、このときのメンバーは8名。つんく♂はその一人ひとりに細かく指示していく。

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たとえば、飯田圭織には、「熱けりゃ 冷ませばいい」の「熱けりゃ」をそのまま「あつけりゃ」ではなく「んあつけりゃ」と頭に「ん」をつけろと指導したかと思えば、「恋愛っていつ火がつくのかDYNAMITE 恋はDYNAMITE」のところを歌う保田圭には、「ダイナマイト」ではなく「ザイナマイト」と歌えと指示する。

自分が書いた詞をわざわざ崩して歌えというのだから面白い。VTRを見ていたMCのナインティナイン・矢部浩之からも笑いながらのツッコミが入るが、本人たちは真剣そのもの。そのギャップがまた面白い。

リズムの“下剋上”

リズムの取りかたの指導も徹底していた。モー娘。の楽曲の基本は16ビート。これを普段から体に叩き込むよう、いつもつんく♂はうるさく言っていた。

「サマーナイトタウン」(1998年発売)のレコーディングでのこと。保田圭、矢口真里、市井紗耶香の新加入組3人に、「曲の中に基本的に16ビートが流れてるんだけど、歌ったときに『何とか音頭』みたいになっちゃってる」とダメ出しし、「ここはキモなのよ、結構」と言って、短いコーラスパートが主なのだが繰り返し何度も歌わせる。かかった時間はなんと5時間。

16ビートは、「LOVEマシーン」がそうだったようにディスコ調の音楽などでおなじみのファンクのビートだ。演歌ともロックとも違う。それはつんく♂にとって、新しいビートでヒット曲を出そうというリズムの“下剋上”でもあった。