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『ブルース』と『ブルースRed』を往復することで、いろんなことが楽しめる二作品

 

 莉菜をはじめとした登場人物の魅力を引き立てるのがハードボイルドな文体だ。桜木紫乃の作品に通底する陰影の中にある人の本質をえぐり取るような筆致と乾いたリズム、研ぎ澄まされたセリフに漂う切実な情緒と昏い雰囲気は、まるで釧路の霧の中。ありありと情景が浮かぶ圧倒的な筆力とその哀愁溢れる世界観に惹かれ溺れるうちに、心はまだ行ったことのない道東へと誘われた。

 想像の中の道東は、いつも鈍色の空が広がっている。桜木作品の中のその土地は骨に染みるような厳しい寒さによって生み出されたのであろう閉塞感にどっぷりと支配されていて、この最果ての地だからこそ、莉菜は、博人は、生まれたのかもしれないなあと感じた。

 そう、莉菜を中心にちりばめられた短編連作の中、その物語のもうひとりの主人公は、死して尚、女たちの心に色濃く影を落とし続ける影山博人その人だ。読めば読むほど死者である彼の存在感が浮き彫りになっていく。実の息子である武博の中にも彼の姿がちらついて、この世から旅立っても、その存在が生きているものを狂わせる男の凄みに鳥肌が立った。

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 彼と彼を取り巻く女たちの話は、前作にあたる「ブルース」を読めば、より深く味わうことができる。読む順番は問わない。時系列順に「ブルース」から先に読むもよし、本作で莉菜という女の一生を味わった後に、振り返るようにその父の話に触れるもよし。二作品を往復することで、男と女のワルの違いや寂れゆく釧路の街の変化、ハードボイルドの味わいも増すから何通りにも楽しめる。もちろん、この一冊でも十分強く美しく一途な女の業にまみれた半生を堪能することができる。

死に場所を求め、気高く意思を持って流転する女の美しさ。

 女たちを魅了し、狂わせ、時に闇へと沈めながら、その実博人は女たちに利用されていたようにすら感じたのは少々意地悪な読み方だろうか。前作に引き続き登場する女たちは皆壮絶な人生を歩んでいながら欲望にギラギラと目を光らせていて、むしろその時ぽっかりと空いていた穴を埋めるのに、彼は都合がよかったのではないかな、なんて。そう思うと、男とは難儀な生き物だ。女を欲望の器に変えながらも、死んでも奪い合われる姿にはその情念に喰われてしまったかのような空虚さがある。そうしてしまうのも女の強さ、なんだろうか。