首にかけていたネックレスを……
ところが、コメディアンとして舞台に出るようになって、3年ほどが経ったときのことだ。
ぼくは師匠の一人・東八郎さんから、「そろそろ欽坊も一人前になってきたから、1年くらい地方でドサ回りをして来なさい」と言われた。若手が必ず通る道で、先輩のいない地方巡業で自分の力を試してこい、というわけだ。
それで浅草から旅立つとき、年の近いコメディアン仲間の1人が送別会を開いてくれたの。
「でも、俺たちには金がないから、いちばんお金を持っていそうな人を呼ぼう」
彼がそう言ってシャレのつもりで呼んだのが、スミちゃんだった。
その日、ぼくらは3人で食事をした。お酒を飲まないぼくは黙ってばかりだった。ところが、会がお開きになり、夜道で「さようなら」とお別れをしたときだ。少し歩くと、スミちゃんが後ろから声をかけてきた。
「あ、欽ちゃん、ちょっと待って」
そう言うと、彼女は首にかけていたネックレスを外し、それをクルクルっと指で巻いてから、ぼくの方に投げたんだ。
「お金に困ったら質屋に入れたらいいよ!」
いま思えば、ぼくはその仕草に惚れたんだろうな。嬉しい人に会った、と思った。何とも惹きつけるものがあった。
ドサ回りの修業中、ぼくはそのネックレスをいつもポケットに入れていた。触る度に、「ああ、ここにスミちゃんがいるなァ」と思ったものだよ。
「これからはテレビの時代だから…」
旅回りから帰ってきてからも、スミちゃんは何かとぼくを気にかけてくれてね。家賃を払ってくれたこともあったし、「これからはテレビの時代だから、勉強した方がいいよ」とテレビをアパートに持ってきてくれたこともあった。
そう言えばあるとき、舞台を終えた彼女が酔っ払って、夜中に浅草のぼくのアパートに来たことがあった。彼女がお布団に寝て、ぼくは柱に寄っかかって寝たんだけれど、その朝にご飯を作ってくれてさ。
「こういうのは結婚をしているみたいじゃないですか」
そう言ったら、彼女は明るく笑ってこんな言葉をくれた。
「欽ちゃんが有名になりそうだから応援しているだけ。いつか可愛い女の子と結婚するんだよ」
それからもう一度笑った彼女の笑顔を、今でもよく覚えているんだ。