このときのドラマでも小さくなったちよみのシーンは別撮りとなったが、南くん役の中川の撮影では、ちよみ役の山本も袖から一緒にセリフのやりとりをしたという。中川としては姿も表情も見えない相手との芝居は不安の連続だったようだが、必死で役と向き合っていたせいか《ある日、ちよみの声だけで表情や動きが見えるようになった》という(『POTATO』2015年12月号)。山本もまた《私も、グリーンバックの撮影で、最後のほうで南くんの姿が見えてきたんです》と語り(「クランクイン!」2015年11月7日配信)、そろって俳優としての成長をうかがわせた。

内田春菊と娘の紅甘(内田春菊さんのXより)

 本作は深夜枠、しかも関東ローカルという制約のなかで、キャスティングなどに工夫が凝らされ、にぎやかな印象を抱かせる。脚本の新井友香も居酒屋の女将役で出演しているほか、終盤で南くんとちよみが旅行で泊まる旅館の女将の親子を、原作者の内田春菊とその次女の紅甘(ぐあま)が演じている。なお、内田は『南くんの恋人』の1990年の最初のドラマ版にも教師役で出演していた。

物議を醸していた原作のラスト

『南くんの恋人』がドラマ化されるたびに毎回、作品の核心としてスタッフが頭をひねってきたのが、そのラストである。何しろ、原作のマンガ『南くんの恋人』では、ちよみが南くんと旅行先で車にはねられ、彼女のほうだけ死んでしまい、物議を醸していた。

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 この結末は1987年に単行本を出すにあたり、内田がそれまで雑誌に連載してきたエピソードに加え、最終章として描き下ろしたものである。これについて彼女は担当編集者の勧めにより、巻末に釈明の文章も手書きでびっしりしたためている。それによれば、彼女が子供のころによく見たマンガのキャラクターは、年をとったり、死んだりはしなかった。しかし現実には、人も動物も年をとるし、死ぬし、限りあるはかない存在である。それを強調したうえで彼女はこう問いかけた。

《よく考えてみてください。あんな小さい人間が、ながいきするって、へんではありませんか。そう考えていけばさいしょっから「そんなのいるわけないんだから」ということになってしまいますが、私は、かいているとちゅうで、「こういうのがもしいても、長生きできるわけがないから、死ぬのが自然なのでは」という考えになってしまったのでした》

『南くんの恋人』(文春文庫)

 ちよみは小さくなっても、トイレに行くし、生理もある。内田は、そもそもありえない設定だからこそ、物語に説得力を持たせるべく細部ではリアリズムを貫いたといえる。