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 2012年2月、別府は国枝のひじの手術をした。「ひじの関節内で毛羽立っている滑膜のひだを掃除するクリーニング手術でした」。皮膚を切り開く術式では、回復に時間がかかるため、内視鏡を入れて、モニターでひじの内部を見ながら取りのぞく方式を選んだ。

 手術は無事に成功し、ロンドンパラで、国枝はシングルス2連覇を成し遂げた。別府のオフィスには、ロンドンで国枝が使ったダンロップのラケットがある。お礼の意味を込めて、プレゼントされたものだ。

消えなかったひじの痛み

 2016年4月に2度目の手術を決断したとき、「リハビリに充てられる期間がロンドンのときよりも短くなる。それでも大丈夫だ」と国枝が判断したのは、前回に比べて痛みの度合いが弱かったからだ。

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 「前回はコップを持つのも痛いぐらい。今回はなんとかテニスができる痛みだった」

 復帰を急ぐ必要があった。手術から1カ月後、5月に有明コロシアムが舞台となったワールドチームカップに、無理やり間に合わせた。6月には全仏オープンに出場。しかし、そこで右ひじの痛みが再発した。7月のウィンブルドン選手権は、欠場を余儀なくされた。

 国枝は、別府に手術の詳しい結果について、確認した。手術の直後にはなかった説明を、別府の口から聞くことになった。

 4年前と違い、痛みが完全に消えない可能性を宣告された。

「なぜ、もっと早く言ってくれなかったのか」。

 リオが目前に迫るタイミングでの宣告に、当時は、裏切られたという思いがこみ上げた。

©東川哲也(朝日新聞出版 写真映像部)

医科学の進歩をもってしても、治療は難しい

 別府の説明はこうだった。

「前回同様、滑膜のひだの毛羽立った部分をきれいにすると、その下の軟骨まで傷ついていたんです」

 しかし、パラで3連覇をめざす絶対王者をいたずらに不安にする説明は控えた。もしかしたら、前回同様、痛みが消えてくれるかもしれない。執刀医として、そう祈りたい気持ちだった。

「バックハンドの打ち方を変えることで、痛めた箇所への衝撃が少なくなるかもしれません。さりげなく、そんなことを話した記憶はあります。でも、世界ナンバーワンの選手に、自信を持って技術的なアドバイスをするなんて、とてもできません」。その後の医科学の進歩をもってしても、国枝の痛めた部分の治療は難しいという。

 1日1日と、リオパラが迫っていた。国枝は「セカンドオピニオン」を求め、ほかの医療機関を回った。文字通り、藁わらをもすがる思いで激痛を伴う治療法にも耐えた。しかし、劇的な回復には至らなかった。右ひじの痛みという爆弾を抱えたまま、3連覇への苦難の道を進むことになった。