「美術館のカフェに、今回の美術展にあわせたケーキがあったの。カフェで食べたらおいしくて、佐東さんにも買ってきたのよ」――ヘルパーは利用者宅で飲食をしてはならないという規則を破って、ケーキを食べてしまった介護ヘルパーの佐東しおさん。この軽率な判断に、彼女が後悔した理由とは? 新刊『介護ヘルパーごたごた日記――当年61歳、他人も身内も髪振り乱してケアします』(三五館シンシャ)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)

なぜ佐東さんはケーキを食べて後悔したのか? 写真はイメージ ©getty

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おいしい仕事、危険な仕事

 そのお宅では、一緒にコーヒータイムをすることが許可されている。一緒に調理をすることも、それを一緒に食べることも許可されている。

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 87歳の香川恵子さんは要支援2。原因不明の体調不良でメンタルが弱った時期があり、そのタイミングで介護ヘルパーと有償サービスの利用を始めた。

 有償サービスに仕事のしばりはほとんどないが、ヘルパーの仕事と同じく贈り物を受け取ってはいけないし、飲食は禁止となっている。

 だが、恵子さん宅ではケアマネから飲食の許可が出た。頭もはっきりしていてやさしい恵子さんは、きれいな食器やおしゃれな料理に誰かが驚くのが喜びだった。ヘルパーにとっては「おいしい仕事」だ。

 これまで訪問先でおいしそうなお菓子や飲み物を出されても「ヘルパーはいただけないんですよ」と言わねばならなかった(ときどき少しだけ口にしていたけど)。それがここでは堂々といただくことができる。

 台所の床にモップをかけていたときだった。シンク横にボウルに入ったイチゴが置かれていた。のぞくと、ナメクジのかじりあとだらけだった。ああ、ベランダで育てていたイチゴがダメになったんだ。自分が育てたものはダメになってもなかなか捨てられない。その気持ちはよくわかる。でも、このままにしておけば、残ったナメクジを台所に放置することになる。あとで袋に入れてきちんと捨てることを提案しなければならない。

 そう思いながら、モップがけとトイレ掃除を終え、リビングに行くと、きれいなグラスに入ったジュースが置いてある。

「ご苦労さま。もうゆっくりして。イチゴジュースを作っておいたわ。そう、うちのベランダの。不細工だけどね、味はおいしいわよ、どうぞ」

写真はイメージ ©getty

 断れるわけがない。死ぬ気で飲んだ。

 恵子さんは自称「良家の出身」で、実際上品だ。だけど、紙をめくるときや、お金を数えるとき、指をベロベロなめる。衛生上どうかと思うが、プライド高い人に、そんな注意をできる気がしない。

 調理でもやたら菜箸をなめる。煮物の火の通りを調べるのに、箸を刺すだけではなく、少しかじる。そして、それを鍋に戻す。

 これまでも、別のお宅で、「私が作ったの。味きいてみる?」と言われたことは何度もある。いつ作ったのか、正しい保存方法だったのか、すごく気になるところだけど、「ヘルパーは飲食禁止」というルールがあったので、きちんと断ってきた。「本当は食べたいんですけど、ヘルパーはいただけないんです」そう言えば、悲しい顔はするが、たいてい納得してくれる。

 なのに、ここではそれができない。