思えば、大介は、元々内向的な性格だった。そのため、妬みや嫉妬といった人間関係の軋轢が耐えられなかったのだろうと、裕子は感じていた。
心おきなくしゃべれる友人がいたら、何らかのはけ口になったかもしれない。しかし、大介は打ち解け合えるかつての同僚に、自分のほうから食事に誘うなどの連絡を取ることをしなかった。
打ちのめされた大介は、たった1人社会から弾き出され、外部との接点を見失って孤立していく。
マンションから少し歩けば、国道沿いに大介の大好きな本やCDが並ぶブックオフや、大手スーパーがある。たまに自宅で、株の取り引きもしていた。しかし、そのほとんどはヤマが外れ、大損してしまっていた。昼夜逆転の生活をして、家で読書や音楽鑑賞に没頭するようになっていく。
家族にも忙しいと嘘をつき、仕事を辞めたことを隠していた
大介にとって、仕事を辞めたことは恥で、それは決して誰にも知られてはいけないことだった。思えば、大介はいつも忙しいと言っていた。
家族旅行で東京観光に行くから会いたいと言っても、「そっちが行きたいところを回って楽しんだらいいんじゃないの。俺はいいわ」と、はぐらかされてしまう。
冬は毎年スキーに行くからと、正月も実家には寄りつこうとしなかったし、「お盆、年末年始の休暇取得は家族持ちが優先だし、会社の休みを取るには、3カ月前から申請しないといけないので、会えない」とごまかしていた。
それだけ忙しそうにしているのなら、逆にしつこく連絡をするのも悪いと裕子はずっと思っていた。しかし、これは、無職であることを取り繕うための大介の嘘だった。
わざと忙しいふりをして会うのを避けていたんだと、裕子は驚きを隠せなかった。
ただ、家族の中で唯一、ずっと慕ってきてくれた裕子にだけは、もう観念する時がきたと感じたのかもしれない。
もっと早く気づいていればよかった――。そうしたら、もっと早く手を差し伸べてあげられたのかもしれないのに。そう思うと、悔しくて仕方なかった。
「私がついていくから、まずは役所関係の手続きから、立て直していこうな」
別れ際に駅の改札で裕子が言うと、「そうやな」と大介は静かに頷いた。
兄の現状を知った裕子は、帰りの新幹線の中で、どうしたら兄の生活が立て直せるだろうかと頭を巡らせていた。体はあちこち悪いはずなのに、病院にすらかかっていなかった。なんでもっと早くこの現状に私は気がつかなかったのだろうか。兄のことを思うと、心が痛み、悔しくて、涙がにじんできた。しかし、少しでも前に進んでいくには、肉親の自分しか力になれる人はいないはずだと、裕子は自らを奮い立たせた。