現代の日本では、年間約3万人の人が孤独死すると言われている。そしてその8割が、生前からゴミ屋敷や不摂生の中で暮らす“セルフネグレクト”状態に陥っているという。誰にも助けを求めることなく、そのまま死に至ってしまう人々の行為は、まるで緩やかな自殺のようにも感じられる。

 ノンフィクション作家の菅野久美子さんは、そんな孤立した人たちに共感を示す。どんな「生きづらさ」がそこにあったのか。

 ここでは菅野さんの『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日文庫)より一部を抜粋して、姉の「おーちゃん」の異変に気付くことができなかったという井上香織(仮名・42歳)さんの事例を紹介する。(全4回の3回目/最初から読む

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あの日から繰り返し見る夢

 深紅のヴィッツがこちらに向かってやってくる。いつも見慣れたおーちゃんの車だ。

 大きいお姉ちゃんだから「おーちゃん」だ。井上香織は慌てて、車の前に立ちはだかろうとする。

「おーちゃん、待って! お願い。行かないでぇ」

 香織は力を振り絞って大声を上げるが、ヴィッツのスピードは全く落ちることなく、凄まじい勢いで香織に向かって突進してくる。

※画像はイメージ ©Hakase/イメージマート

 運転席に座っているはずのおーちゃんは、なぜだか顔が見えずに表情はうかがい知れない。ヴィッツは香織のことなど目に入らぬように、アクセルを踏みしめ、どこか遠く彼方を目指しているように闇の中に疾走していく。いつものおーちゃんなら、絶対にそんなスピードを上げたりはしない。一体なぜそんなにスピードを上げる必要があるのか、おーちゃんがどこを目指しているのか、香織には全くわからない。しかし、香織は、漠然ともう二度とおーちゃんとは会えないような気がした。

「おーちゃん、そんなに私のことが嫌なんだ。私を轢いてまで逃げたいんだ……」

 轢かれる‼ と思った瞬間、ハッと目が覚めた。全身に冷や汗をかいて、体が震えている。握りしめた手には、じっとりとした汗をかいていて、全身の汗を吸ったパジャマはベトベトになっていた。

 ――また同じ夢を見ちゃった。

 香織はため息をついた。枕元の時計を見ると、5時前を指している。

 ボーッとした頭で、ふと床に目をやると、白のカーペットローラーが無造作に転がっていた。おーちゃんの住んでいたゴミ屋敷の中から見つけたもので、これはまだ使えると思って、自宅に持ち帰ってきたものだった。

 おーちゃん、今、どこにいるんだろう。おーちゃん、今、何してるの?

 夜明け前の薄暗いマンションの中で、香織はぼんやりとそんなことを考えた。