「お宅の娘さんの住むマンションの廊下に液体が垂れている」
そんな連絡を受けて長女の「おーちゃん」こと井上明美(仮名・53歳)が住むマンションにやってきた父の清(仮名・85歳)、母の和子(仮名・77歳)、そして末の妹である香織(仮名・42歳)だったが、当人に連絡がつかず途方に暮れることになる。
もしかしたら、中で倒れているかも――。そう思い、警察官を呼んで合鍵でドアをこじあけると、ダムが決壊したかのようにゴミが崩れかかってきたという。
ここでは、前回に続き『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日文庫)より一部を抜粋。介護福祉士としてつい前日まで勤務していたはずの「おーちゃん」の部屋で家族が目撃した、想像を絶する光景とは……。(全4回の4回目/最初から読む)
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部屋の中の惨状
部屋に入ると、ゴミの山の奥に白と紺のストライプのカーテンがちらりと見えた。
もう何年、いや何十年も閉め切っているようでまったく空気は動いていないが、目が慣れてくると、カーテンの上に50センチほどの隙間があり、そこから薄ぼんやりと日の光が射し込んでくるのがわかった。そのかすかな明かりを頼りに、警察官は紺色のズボンをふくらはぎぎりぎりまでめくって歩みを進めていく。
滞留するゴミの山におもむろに足を突っ込むと、ベリベリベリ、ガギガギガギという、プラスチックを押しつぶすような音が小動物の鳴き声さながらに響いた。
玄関の左手がガス台のついたキッチン、右手がユニットバス、そしてキッチンの隣に8畳ほどの居間という、30平米ほどの1DKである。にもかかわらず、警察官たちは、未知の洞窟の中を探策する探検隊のようだった。
懐中電灯を持った警察官を先頭にして、一同はほぼ真っ暗な中を少しずつ前に進んでいく。キッチンのフローリングは一部が腐っており、恐らく玄関に流れていたのと同じ粘着質の液体によって、ビニール傘が張りついている。
ゴミの山を足で踏みしめると、なぜだかジャングルの沼地のようにぬかるんでいるのがわかった。何年も窓を閉め切っていたせいか、湿地帯さながらの水気を帯びて、不穏な静寂に包まれていた。警察官は慎重に足場を確認しながら、辺りを見回していく。
わずか5畳ほどのキッチンなのだが、歩みを進めようにも、溺れそうなゴミの山が立ちふさがり、行く手を阻んでくる。