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 何とか居間とキッチンを仕切っていたふすまにたどりつき、ふすまを開けると、壁紙いっぱいに、茶褐色のインクをはねちらしたような2ミリほどの斑点がびっしりついていた。

 これは、ゴキブリの糞に違いなかった。壁紙は、大量の湿気を含んだせいか、ところどころペロンとめくれ上がり、灰色のコンクリートの基礎が剥き出しになっている。

 天井にはエアコンの周りを中心に、そこかしこに蜘蛛の巣がだらりとハンモックのように垂れ下がり、茶褐色の巨大な蜘蛛が音もなく天井辺りをソワソワと這い回っていた。

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ゴミ山中央の「すり鉢状になった丸いくぼみ」の意味は?

 8畳ほどの居室に足を踏み入れると、そのゴミの山の上を誰かが日常的に動き回っていた形跡があり、そこの部分だけ、発泡トレーは通常の何分の1にも圧縮されていた。

「井上さん、いませんかー」

 警察官が大声を上げながら進んでいくと、ゴミの山の中央部にすり鉢状になった丸いくぼみがあるのがわかった。

 おーちゃんは、昨日までここで生活していたに違いない。香織はそう直感した。おーちゃんは、このゴミの中で、少なくとも何年かは寝て起きて、病院に出勤していたのだ。

 ――こんなつらい状況を、きっと誰にも言えなかったんだ。私もずっと気づいてあげられなかった。本当にごめん。

 そう思うと、香織は胸が締めつけられ泣きそうになった。

 居室の奥の方に進むにしたがって、今度はコンビニの弁当の殻や、スーパーの総菜のプラスチックトレー、カレーライスのトレー、ドリンクのカップなど、食べ物関係の残骸が増えていく。

 さらに、それらの不燃ゴミの山の上に、不意に新品の黒く細長い高圧洗浄機が、まるで勝者に与えられたトロフィーのように、にょっこりと場違いな感じで飛び出していた。なぜ高圧洗浄機が必要だったのか、何を思っておーちゃんが高圧洗浄機を買ったのか、香織も和子も全く見当がつかなかった。もしかすると、汚してしまったコンクリートの床を掃除しようとしていたのかもしれないが、使われた様子はなかった。

 窓辺のカーテンレールには物干しハンガーがかかっている。ベランダ側のゴミは、あとわずか1メートルほどで、天井まで到達しそうになっていた。なぜだか使用された形跡のない赤い花柄のベッドマットが三つ折りで畳まれた状態で、ゴミの中から一部だけちょこんと頭を出している。

 しかし、肝心のおーちゃんの姿はどこにもなかった。