トイレの観葉植物が伝えるもの
「これだけゴミがあるんだから、しばらくもうここには住んでなかったんじゃないの」
警察官が両手で山を掻き分けながら、誰に言うでもなしにそうつぶやいた。とても人が住める環境ではない、そう感じたのだろう。
一家の誰もがこの部屋を見て、そうであって欲しいと願った。こんな環境でおーちゃんが過ごしていたなんて、とてもではないが信じたくはなかった。
何とかゴミを掻き分け、トイレのドアを開けると、便器は何年も掃除すらされておらず、古い廃油のように黒ずんでいた。さらに便器の中の排水口にもビニール袋に詰まったゴミが投げ込まれていて、便座の高さまで、その周囲を使用済みのおむつが占拠していた。
タンクの手洗い口には、緑色のフェイクのポトスが置かれ、さらにその上の戸棚には、フェイクのミニサボテンや人工観葉植物が埃に埋もれていた。隣には、トイレクリーナーのプラスチックの箱が並んでいる。凄まじい部屋の状態にもかかわらず、便器蓋には、クリーム色のタオル生地のカバーがかけられているのが、ちぐはぐな感じがする。
香織は人工観葉植物は、この部屋がゴミ屋敷になる状態の前に置かれたものではないかと思った。おーちゃんは少なくともトイレを観葉植物で飾り、便器周りの掃除を行っていた時期があった。これは、ある時までは通常の生活を送っていたおーちゃんの心身に、何らかの異変や心境の変化があったと思わせる光景でもある。
和子はおーちゃんがマンションに入居したときに、思いを巡らせた。
そう、一度和子と清は香織と共にこのマンションを訪ねた記憶がある。
20年前、あれはこのマンションにおーちゃんが入居してすぐのことだった。
一人暮らしを始めたのが嬉しかったのか、おーちゃんはすぐにこの部屋に招き入れてくれた。まだこのマンションが新築だった時のことだ。
その時は、おーちゃんは部屋を可愛く飾り、小さなちゃぶ台で手作りの昼食を振るまってくれた。だから、和子も香織もその部屋と今のゴミ集積所のようなこの部屋とが結びつかない。今見ているこの世界は、悪夢さながらで、現実感に乏しかった。
家族の思い出の品がゴミに
和子はそのゴミの中から見覚えのある小さな箱を見つけた。
一家は、つい3カ月前にお誕生日会を開いたばかりだった。3月は、清と香織と明美の誕生日が重なることもあり、家族みんなで地元の和食のお店に集まって、和子は3人にそれぞれプレゼントを手渡した。
その時、和子が明美にあげたチョコレートの箱は、ベランダに近いゴミの山の中に、押しつぶされてへこんだ状態で埋もれていた。
他にも、いくつか和子の見覚えのある品があった。玄関の下駄箱の上にあった時計の置物は、おーちゃんが短大の卒業制作で作ったものに間違いなかった。茶色の枠にはまった、透明のガラスケースの中に、秒針が止まった時計と、青い如雨露と、鉢植えの小さなミニチュアがあった。それは、まるでそこだけ時が流れていないかのように、ポツリと下駄箱の上に放置されていた。マンションに引っ越すときに、和子がおーちゃんに持たせたものだった。