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 結局、おーちゃんは、どこにもいなかった。そのため、清たち一家はおーちゃんの部屋のドアに、「連絡が取れず、心配しています。とにかく連絡をお願いします。よろしく」という文面の紙をガムテープで張りつけることにした。マンションの向かいに住む大家によると、警察の踏み込んだ18日の夜に、おーちゃんの部屋の明かりがついたのが見えたという。おーちゃんは、恐らくこの日、連絡が取れず心配しているという一家の張り紙を見て、貴重品だけを手に慌てて家を出たのだろう。部屋を見れば、警察が踏み込んだことも一目瞭然だっただろう。

 部屋がゴミ屋敷であることは、おーちゃんにとって、誰にも知られてはいけない秘密だったに違いない。家族に知られたことから、きっともうここには居られないと思ったはずだ。

「色々心配かけてすみません」という電話

 19日の朝の8時頃、実家におーちゃんから電話があった。電話を取った清に、おーちゃんは今にも消え入るような、か細い力のない声で「色々心配かけてすみません」と謝った。清は部屋のことには一切触れずに、「一度実家に寄りなさい」と優しくおーちゃんに話しかけた。しかし、「体調が悪くて、実家には行けない。病院も休む」と言って、すぐに電話を切った。

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※画像はイメージ ©show999/イメージマート

 それが、清がおーちゃんと最後にしゃべった言葉だった。それ以降、おーちゃんの携帯電話は電源が切られているようで、家族がいくらかけても繋がらない。その日、午後には清と香織で近くのショッピングモールへ捜索に出かけたが、おーちゃんと出会うことはなかった。

 20日、香織は朝5時からおーちゃんの勤務先の病院の駐車場で待ち構えていた。この日のおーちゃんのシフトは通常勤務のはずだった。しかし、いくら待ってもおーちゃんは勤務先に現れなかった。これはただ事ではないと感じた一家は、この日、警察に捜索願を出した。

 それ以降、おーちゃんは、忽然とこの部屋と家族の元から姿を消し、仕事場である病院にも通勤していない。

 6月下旬を迎えると、マンションをゴミ屋敷のまま放置するわけにはいかず、家族と清掃業者によって部屋の片づけが開始された。香織は作業中、思わず「こんなゴミの山って見たことあります?」と清掃業者の男性に問いかけた。男性は依頼主に気を遣ったのか、「慣れてるので大丈夫ですよ」と取り繕ったような笑顔を見せた。

 長靴姿の男性たちは、事務的に黙々とゴミを運んでいく。壁に張りついた生理用ナプキンの山をベリベリと剥がすとき、香織は思わず目をそらしてしまい、その様子を直視することができなかった。

 ――こんなことを男性にさせて、本当にごめんなさい。

 そんな思いがこみ上げてきて胸が強く締めつけられた。

 結局、おーちゃんが住んでいた家のゴミの総排出量は7トンにも上った。

 清掃業者は掃除の過程で、6月20日が賞味期限になっているコンビニ弁当のトレーを見つけ出していた。失踪した翌日だ。これで、つい最近まで、おーちゃんがこのゴミの中で生活していたことは確実になった。アパートは7月には引き払われ、その後フルリフォームされて空室として貸し出された。

 おーちゃんはこの部屋と職場から、忽然と姿を消したのだった。