兄ちゃん、この20年で何があったの――。

 加藤裕子(仮名・50歳)さんは久しぶりに会った兄の吉川大介(仮名・55歳)さんを見て、心の中でそう叫ばずにはいられなかった。身体からはすえた臭いが漂い、足取りはヨタヨタと頼りなく、実年齢よりはるかに老けて見える。さらに、歯は上も下も1本残らずすべてなくなっていたという。

 ここでは、前回に続き『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日文庫)より一部を抜粋。「事情があってここ15年ほど無職なんだ」と語る兄を放っておけず、「力になれる人は肉親の自分しかいないはずだ」と自身を奮い立たせた裕子さんと大介さんのその後は――。(全4回の2回目/最初から読む

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※画像はイメージ ©GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

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口調も明るくなり徐々に前向きになってきた兄

 それ以降、兄とは電話で頻繁に連絡を取るようにしていた。そんな妹の気遣いが嬉しかったのか、大介は裕子にだけは、徐々に心を開き始めようとしていた。

 翌月、裕子は再び、大介に会うことにした。その日は、バケツをひっくり返したようなどしゃぶりの大雨だった。兄と駅で待ち合わせて、一緒に傘をさして、バスに乗り込んだ。兄と傘をさすのは、小学生以来だと思った。あれだけ背の高くて格好良かった兄が、今はどこか小さく感じられた。

 地元の市役所に行き、とうの昔に切れていた保険証と年金手帳を再発行してもらった。そして、一緒にハローワークにも行き、パソコンで職種を検索した。大介は、また得意の英語を活かした仕事に就きたいと裕子に語るようになった。

 裕子はベテラン風の女性職員に「私の兄なんですけど、あまりにも見かねる状態だから、私も関西から来たんです。色々教えてもらって、よろしいでしょうか」と何度も頭を下げた。

 仕事さえ見つかれば、兄の生活はとりあえず立て直せるに違いなかった。職員の女性は履歴書と職務経歴書を持ってくれば、添削を行ってくれるという。

 役所からの別れ際、裕子は袋いっぱいに詰めた食料品を大介に手渡した。パスタソースや乾麺、野菜ジュース、カルシウムいっぱいの魚の缶詰、クッキーなど、一人暮らしでも栄養になりそうなものを詰めるだけ詰めた。全部大介が好きで日持ちする物だった。それは、兄に対する妹からのせめてもの優しさだった。

「履歴書は誤字脱字がないように見直してね。添削用に赤ペンもちゃんと持っていってね。これ、ちゃんと食べて元気つけてや」

「あぁ、ありがとな」