学生時代に見慣れた、兄の大好きな洋楽のCDが紙袋の中に入っていた。かつて、兄の部屋で、見かけたものだった。風呂場もトイレも何十年かは掃除していないのか、墨でも撒まいたように黒ずんでいる。
「洗濯機で洋服、洗濯してる? 洗剤はちゃんと入れてるの? お風呂は入ってるの?」
まるで小学生にするような質問を裕子は兄に投げかけた。聞かずにはおれなかった。
「ひょっとして、俺の身体、臭うかな?」
「うん、臭うよ」
裕子は思わず正直に答えた。
エアコンは何年か前に壊れていて使えないので、コンセントも抜いてあるらしかった。電気代を気にしていたのかもしれないと、裕子は思った。
再就職を前に生活を立て直すはずだったのに…
部屋の暑さは尋常ではないほどで、外の気温と変わらなかった。40度近いというニュースが連日流れる中、エアコンも使わず毎日をやり過ごしていることが、裕子にはとても信じられなかった。
部屋の中に数分いただけでも、むわっとした熱気で気分が悪くなって、とてもではないが過ごせない。しかし、大介は連日の猛暑の中、昼夜を問わずこの環境で生活しているのだ。聞くと、扇風機を24時間回して、15分おきに水シャワーに当たって、あとは気化熱で冷ましているという。
まずは、この部屋のゴミをどうにかしなくてはいけないが、自分一人で太刀打ちできるのだろうか。裕子は不安になっていた。部屋中からカビの臭いが漂い、とてつもないゴミ屋敷と化していた。
「いい加減、本とかCDとか溜め過ぎだと思うよ。少しは捨てるか売りにいくかしないといけないんじゃない」
「いやいや。それは全部まだ目を通していないんだぞ」
「こんなところで生活してたら、体を壊すよ。部屋がこんな状態だったら、自分一人で片づけるのもやる気もなくすって。今から何回かに分けて部屋の掃除を手伝いに来るから、頑張って立て直していこうか」
「そうしてくれるか」
大介は裕子の提案をあっさりと受け入れた。大介は裕子にだけは心を許していたのだ。
裕子は、大介にゴミの収集日を聞き出した。見た限りでは、燃えるゴミが一番多かったため、収集日の前日にまた来よう、と思った。再就職の前に生活を立て直さないと衛生的にも良くない。次に来た時には、何とか床が見える状態にまではしたい。
「健康保険証も新しくできたんだから、病院にもいつでも行けるよ。歯もちゃんと治しなよ。今は入れ歯だって、いいのがあるし。人間笑うのって大事だよ。仕事も探してるし、健康も回復するよ。それで社会復帰したら、職場で良いご縁があるかもね。一生に関わることだし、今からでも誰か伴侶がいたほうがいいんじゃない?」
「あぁ、そうだな」
「もし良い人ができたら私ぐらいには紹介してね」
「わかった」
「それじゃあ、連絡を楽しみに待っとくわ」
それが兄と直接会って話す最後の機会になるとは、裕子は思いもしなかった。