五十嵐律人『嘘か真言か』(文藝春秋)

 法廷ミステリーの俊英、五十嵐律人さんの新作では、「キカイ(機械、そして奇怪)」というニックネームで呼ばれる、情報工学系大学院出身の理系裁判官、紀伊真言の鮮やかな裁きが光る。

「森博嗣さんのS&Mシリーズや東野圭吾さんのガリレオシリーズなど、理系ミステリーがすごく好きなんです。僕自身は文系の法学部出身で弁護士になったのですが、学生時代の趣味はパソコンを作ったりプログラミングをやったり、理系に寄っていました。現実には文系の裁判官が大多数である中、異端の裁判官ってどうあり得るだろう、と考えた時、理系の専門知識がある、という裁判官は設定としてキャッチーだな、とアイデアを膨らませました」

 そんな紀伊真言のいる志波地裁刑事部に配属されたのが、本作の主人公、新米判事補の日向由衣だ。由衣は万引き、特殊詐欺、著作権侵害などで起訴された被告人らの供述の真偽を見抜く、先輩・紀伊の一風変わった訴訟指揮を傍聴しながら、本来、人を救うべくして制定されているはずの「法」の運用の可能性について目を瞠っていく。全五話からなる本作は、異色の法廷ミステリーであると同時に、由衣の「成長物語」にもなっているのだ。

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「僕は弁護士になる前、書記官として裁判所で働いていました。当時一番困ったのが、『予測のつかない裁判官』です(笑)。この種の事件にはこういう審判、量刑というのは、ある程度、過去の事例をもとに決まっている。普通はそれに従う訳ですが、たまに、法律の条文を典拠に、突拍子もない提案をしてくる裁判官がいる。確かに、本作にも書いた休廷の宣言とか、裁判官の裁量で出来ることは多いんです。ほとんどの被告人にとって『一生に一度』である裁判では、本来、前例にとらわれず、考えられる限りの可能性を検討する裁判官が良い裁判官だと言えます。でも現実ではなかなか難しいので、フィクションの世界で、『いそうでいない裁判官』を考えてみた結果が本作です」

五十嵐律人氏 ©文藝春秋

 本作は、終始傍聴席で、法と人間について多くを学んだ由衣が、近日「合議制」(三人の判事で重大事件を担当する)での審理を任されそう、というところで終わり早くも次作を予感させる。

「デビュー以来、理論としての法律に寄った小説を書いてきましたが、今回は、実際に見聞するニュースにヒントを得たものを書きました。由衣がはじめて、傍聴席ではなく、左陪席の判事(通常、最も若い)として法壇にすわって担当する重大事件はどんなものがいいのか、次作はより社会派的な小説に挑戦してみたいと思っています」

(本書は八月二十六日発売です)

いがらしりつと 一九九〇年生まれ。『法廷遊戯』で第62回メフィスト賞を受賞。『魔女の原罪』は「リアルサウンド認定国内ミステリーベスト10」第一位。その他『六法推理』など。