今村昌弘『明智恭介の奔走』(東京創元社)

「名探偵といってもスマートに解決するのではなく、基本的に素人が右往左往している感を込めたタイトルです」

『屍人荘の殺人』に登場した自称名探偵・明智恭介。ある事情により出番は短かったが強烈な印象を残し、ワトソン役の葉村譲との関係を含め、退場後も、続くシリーズ全体に影響を与える人気キャラクターだ。その明智と葉村が大学生活で遭遇する五つの事件を描く。今村さんにとって初の短編集だ。

「サイン会などで、明智の活躍をもっと見たいと言っていただくことも多くて。ただ、明智を書くには超えないといけないハードルが色々あったんですよね。まず、彼について既刊で書いたことは、絶対に動かせない。そして、あの事件に遭遇するまでの彼はあくまで、小説を読んで探偵に憧れているミステリマニアの大学生に過ぎない。彼を主人公に、殺人など特殊な事件は書きにくいんです。僕は大きな謎を設定して複雑なプロットをたどって解決に至る、長編のほうが得意だし……。でも、僕が好きな有栖川有栖さんの江神二郎シリーズも、長編三作の次は短編集というリズムがあるので、それに倣うことに決めました」

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 神紅大学ミステリ愛好会会長の明智は、唯一の会員である葉村を引き連れ、謎あるところ片っ端から首を突っ込む。コスプレ研究部で起きた傷害事件、商店街で不自然に高く売れたビルの謎、盗まれたテスト問題──。

今村昌弘氏 ©文藝春秋

「宗教学試験問題漏洩事件は、明智の“実績”として『屍人荘~』で名前が出てきているんです。もう一つはなんだっけ、中央グラウンド掘削事件、だったかな。シャーロック・ホームズにもありますけど、名前だけ言及される過去の事件って名探偵もののお約束ですよね(笑)。僕としては事件名以外なにも考えていなかったのに、担当編集者から、あの事件を書いて下さいと言われて慌ててひねり出しました」

 時には明智が謎の当事者になることもある。二日酔いの明智から葉村への電話で始まる「泥酔肌着引き裂き事件」は、状況設定こそ笑ってしまうが、密室ものをユニークな角度から捉えた一編。『屍人荘~』での葉村のある言動が、実はこの一件と結びついていたことも分かる。他にも随所に、明智や葉村の理解が深まる描写があるのも、ファンには嬉しいところだ。

「スピンオフで明智をしっかり書いたことで、対照的に、長編での探偵役・剣崎比留子がどういう存在であるかが浮き彫りになりました。今作を読むと、『屍人荘~』ラストでの葉村の選択の心情が、より真に迫るのでは、と思っています」

いまむらまさひろ 一九八五年長崎県生まれ。二〇一七年『屍人荘の殺人』で鮎川哲也賞を受賞。同シリーズに『魔眼の匣の殺人』『兇人邸の殺人』、他に『でぃすぺる』等。