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『屍人荘の殺人』より格段上の緊張感が待ち受ける…! “謎解き”ファンを満足させる多種多彩なアイディア

若林踏が『兇人邸の殺人』(今村昌弘 著)を読む

2021/10/03
『兇人邸の殺人』(今村昌弘 著)東京創元社

 謎解きミステリの魅力をジャンル外の読者に広く伝える力と、ジャンルの核にあるものを徹底的に研究し尽くす力。今村昌弘は遠心力と求心力を兼ね備えた作家であると、『兇人邸の殺人』を読み終えて感じた。

 本書は神紅大学ミステリ愛好会の剣崎比留子と葉村譲が謎解きに挑むシリーズの第三長編に当たる。「班目(まだらめ)機関」という組織が遺した極秘研究を追う剣崎と葉村は、大手医療・製薬会社である成島IMSの人間から、とあるテーマパーク内に建てられた邸の中に機関の研究資料が隠されている事を知らされる。

 邸内へは剣崎と葉村と共に、成島IMSが用意した傭兵部隊が潜入する。しかし一行は予想外の事態に巻き込まれ、犠牲者が出てしまう。生き残った者たちは逃げ出そうとするも邸から脱出不能の状態に陥り、おまけに殺人事件まで発生してしまうのだ。

 今村のデビュー作である『屍人荘の殺人』は、ある特殊な設定を閉鎖状況に掛け合わせることで、ミステリ史上でも指折りのクローズドサークルにおける謎解きを生み出した。本書も同じく閉ざされた空間での謎解きが展開するのだが、命がけの状況で謎に挑まねばならないという意味では、『屍人荘~』よりも格段上の緊張感が待ち受けている。探偵役は謎解きだけではなく、邸内でのサバイバルにも決死の覚悟で臨まねばならず、推理以外にも頭脳を絶えずフル回転させて次々と起こる難題をクリアしなければいけない。特殊な状況を謎解きの部分だけではなく、スリルとサスペンスを盛り上げて頁を捲らせる効果にも結び付けている点が、今村作品がふだんミステリに親しみのない読者にも支持される理由だろう。

 もちろん、事件の推理を描く部分にも抜かりはない。ここではミステリというジャンルが蓄積してきた、あらゆる趣向が総動員されており、コアな謎解きファンを満足させるような多種多彩なアイディアが盛り込まれているのだ。この詰め込み具合がもたらす充実感は半端がない。

 しかも、それが単なる要素の寄せ集めや継ぎ接ぎに終わらないのが良いところだ。本作では探偵役とワトスン役の関係に当たる剣崎比留子と葉村譲が、コンビとしてこれまでのシリーズにはない困難な状態に陥ってしまう。そこではミステリの“ある趣向”に対する鋭い論考が物語内に織り込まれており、これが中盤以降における展開にも大きく関わってくるのだ。謎解きミステリが培ってきた形式や技巧についての批評的な姿勢が本書では随所に読み取れるのである。

 奇抜な設定を駆使してジャンルの外にいる読者を惹きつけつつ、一方ではジャンルの趣向をさらに深め、進化させようとする事にも余念がない。その貪欲さは、作品を重ねるごとに増している。今村昌弘は本当に頼もしい作家だ。

いまむらまさひろ/1985年長崎県生まれ。2017年『屍人荘の殺人』で第27回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。同作は『このミステリーがすごい!2018年版』で第1位を獲得し、第18回本格ミステリ大賞〔小説部門〕を受賞。他の作品に『魔眼の匣の殺人』。
 

わかばやしふみ/1986年生まれ。書評家。ミステリ小説のレビューを中心に活動。「みんなのつぶやき文学賞」発起人代表。

兇人邸の殺人

今村 昌弘

東京創元社

2021年7月29日 発売

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