志川節子『緋あざみ舞う』(文藝春秋)

 大江戸版キャッツ・アイ――帯の惹句はこうだ。

 江戸の夜、黒装束に身を包んだ二人の女性が家々の屋根の上を疾走していた。両替商から盗み出した金子を抱えて。美人姉妹と名高いこのお路とお律、昼間は向島で船宿を営んでいる。

「北条司さんの『キャッツ・アイ』を読み返していたとき、三姉妹の物語が書けたらいいな、とふと思ったんです。同時にパッと浮かんだのが、昔から大好きな渡辺淳一さんの『化粧』という作品でした。男嫌いの長女に、物堅くも不倫に走る次女。そして奔放な三女。こんな風に三種類の女性をいっぺんに書いてみたいな、と」

ADVERTISEMENT

 お路とお律の下には、もう一人妹がいる。小さな頃に失明し、今は家を離れて師匠のもとで音曲の修業に励んでいるお夕。彼女は、姉たちが盗賊であることを知らない。

 キャッツ・アイとはいえ、意外にも志川さんが書きたかったのは盗みの話ではないという。

「三者三様の恋愛模様が書きたかったんです。それだけが書きたかったと言っても過言ではないかもしれません(笑)。特に真ん中のお律は書いていて楽しかった。好いた相手と一緒になれないことはわかっているけれど、それでも好きであり続ける……。終始、キュンキュンしていました」

 中盤、三姉妹の父の死の謎がちらつくと物語には不穏な空気が立ちこめる。廻船問屋の主人だった父は、お夕が幼い頃に自ら命を絶っていた。お路とお律はその理由を探るうち、父が「抜け荷」の罪を犯していたことを知る。

志川節子氏 ©文藝春秋

「今で言う密貿易ですが、私の出身地、島根県浜田市で実際に起きた“竹島事件”に材を取っています。江戸時代、浜田藩は財政を建て直すために大規模な密貿易をしていました。摘発されると何人かが斬首刑や永蟄居に処されたものの、浜田では彼らを、藩を潤した偉人と教えるんです。小学校でこの事件を習った時には『処刑されるようなことをしたのにどうして?』と腑に落ちなかった。だからこそ、一度は書いてみたいテーマでもありました」

 父を亡くした後、お路は妹たちにこう話す。〈薊はきれいな花を咲かせながら、容易に手折られることのないよう、棘で己が身を守っている。あたしたちも、これからは、こんなふうに逞しく生きなくては〉。

 父はなぜ抜け荷に手を染め、そして命を落としたのか。末妹を想う姉妹はなぜ「怪盗緋薊」を名乗るのか――。すべての謎が解けたとき、この物語は幾通りもの楽しみ方を教えてくれるだろう。

しがわせつこ 一九七一年島根県生まれ。二〇〇三年「七転び」でオール讀物新人賞受賞。一三年『春はそこまで 風待ち小路の人々』で直木賞候補。著書に『博覧男爵』等。