藤井王座は人とは違う世界をいつも見ている
後日、他棋戦のイベントで藤井と会えたので、改めて話を聞いた。
――序盤はどうでしたか。
「馬を作ってくるのはあるとは思っていましたが、本命ではなかったです。先手にはいろいろな選択肢があったので。その後はその場で考えました。
自陣角を打ったところ(56手目)では、桂跳ねにするか迷っていましたが、桂を跳ねると馬を使って手を作られると考えました。ただ、(角打ちの)感触は悪く、桂跳ねが正着だったかと」
――中盤、両者とも苦しそうな表情をしていましたが、形勢はどう見ていましたか。
「自信はなかったですが、先手から見ても良くするまでは先が長いという印象があります。途中、永瀬さんが継ぎ歩したのは意外でした」
――終盤はどう読んでいましたか?
「▲9八玉(93手目)では、▲7八玉を予想していました。後に角を2八の香と刺し違える順が本線の読みでしたが、形勢は微妙かと。そんなにうまくいっているという感じはしなかったです。▲9八玉からは良くなったかと思います」
――最後の決め方は驚きました。銀を取って、右辺に玉を逃げ出すかと思ったのですが。
「いや、それが本筋でしたね(笑)」
――だけど、113手目の局面で自玉に詰めろがかからないことを読み切っていたわけですよね。
「時間がないので読み切ったとは言えないですが、ニーサンイチニーがある(3二にいた玉を、2三→1二と逃げられるルートがある)ので、危ない形ではなさそうかなと。113手目▲4二金に代えて、▲5三金には△5八飛が攻防手になりますし」
えっ、角角金金と持たれていて、手番を渡して危なくない!? 私は思わず藤井の顔をまじまじと見てしまった。あの局面で、右辺ではなく左辺に逃げる順を読む棋士などいない。藤井は、人とは違う世界をいつも見ている。果たして藤井から見える盤上にはどんな光景が広がっているのだろう。
王座戦五番勝負はこれからだ
立会人の青野にも後日話を聞いた。
「永瀬さんが対局室に早く来ていて、緊張していた様子でしたね。精神的にちょっと追い込まれている感じはしました。初戦を落として永瀬さんは厳しい状況です。ただね、昨年は防衛する、守る立場だったけど、今回はもう失うものはない。勇気をもって藤井さんに立ち向かってほしいですね」
そうだ。五番勝負は始まったばかりだ。永瀬は王座戦挑戦者決定トーナメントで、郷田真隆九段戦、菅井竜也八段戦、そして羽生戦と、3回も後手番で勝ってきたのだ。2人の暑い熱い戦いは、これからだ。
写真=勝又清和