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写真=iStock.com/taka4332 最初に尊属殺人事件の裁判が行われた栃木県宇都宮市(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/taka4332

事件は1968(昭和43)年10月5日に起きた。

女性A(当時29歳)は14歳のころから実父のXより性的暴行を受けていて、5人の子どもまで産んでいた(ドラマでは2人)。そのうち2児は死亡し、3児は成長。実母はその事情に耐えられなくなり家を出ていた。

実の娘に産ませた子を「出て行くなら始末してやる」と脅した父親

殺害の直接のきっかけになったのは、娘のAに恋人ができたことである。Aは父親のXに家を出て結婚する希望を伝えると、Xは激怒してAをなじった。一審の判決文からそのときのさまを引用する。

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《「俺は赤ん坊のときに親に捨てられ、十七歳のとき上京して苦労した。そんな苦労をして育てたのに、お前は十何年も俺をもてあそんできて、この売女」》
《「男と出ていくのなら出て行け、どこまでものろってやる」「ばいた女、出てくんなら出てけ、どこまでも追ってゆくからな、俺は頭にきているんだ、三人の子供位は始末してやる。おめえはどこまでものろい殺してやる」》

そしてXが飛びかかってきたのを逆に押し倒し、股引きのヒモで絞殺した。直系の父母、祖父母を殺害する「尊属殺人」である。

「私らはXさんとAさんはてっきり夫婦だと思ってたよ。事件が起きて親子だと知ってびっくりした」

私が見つけた当時の記憶を持つ人はそう語った。

「貧しかったから、近所の人がよく畑で取れた野菜をあげていた。Aさんもそのお返しで畑の草むしりとか手伝ってたよ。Aさんは体格がけっこう良くて、器量よしだった。ああいう悲惨な生活を送っていたとは思えなかったな」

ドラマと同じように、娘は一見そう見えない明るい人

事件の悲惨さが明らかになるにつれ、地元ではAに同情が集まっていった。裁判所に証人として呼ばれた近所の人の中には、「Aさんが可哀想だ」と泣き崩れる人もいたという。

「それはみんな同情するよ、人を殺したのはいけないけれど、ああいう父親だし……」

ドラマでは実母が「家の中にある金目のもの」をかき集めて山田轟法律事務所に駆け込んでいるが、実際はリュックに詰めたじゃがいもの山だった。弁護士料をじゃがいもにすると、逆に劇的過ぎて避けたのかもしれない。