「松本さんと僕にしか分からない」「誰も入り込めない」
2019年には、それまで家族のように結束してきたツアーメンバーを一新したが、それも《僕らは2人で始めて、2人でここまで続けてきたバンドなんで。松本さんと僕にしかわからない、言葉にできない何かがあるんですよ。それは誰にもわからないものだし、誰も入り込めない。だからこそこういう経験を積極的にして変化を求めていかないと、本当のダイナソーになっちゃう》というふうに稲葉は説明した(『音楽と人』2019年7月号)。
ここに出てくるダイナソーは、2017年リリースのB'zの同名アルバムとその表題曲にちなんでいる。もちろん恐竜を指すが、稲葉はこの言葉をむしろ「時代遅れ」という意味合いで作詞中に思いついたという(B'z・佐伯明『B'z ザ・クロニクル』幻冬舎、2018年)。
B'zは昨年、Adoに「DIGNITY」を楽曲提供し、今年に入ってからはPerfumeなどをプロデュースする中田ヤスタカと組んでTM NETWORKのトリビュートアルバムで「Get Wild」をカバーするという具合に、年少の世代のアーティストとの仕事も目立つ。それも自分たちのスタイルに安住したらすぐに古びてしまうとの危機感からなのだろう。
「全力でもがいてみようかな」老いへの考え
稲葉自身は老いについてどんなふうに捉えているのだろうか? 2019年リリースのB'zのアルバム『NEW LOVE』収録の「トワニワカク」では、永遠に若くありたいという歌詞を書いた。これについて稲葉は、実際にそういう気持ちはあるのかとインタビューで問われ、《まあ、考えが行ったり来たりするんですけど、若くありたいって思うと同時に、枯れていくのもいいじゃん、って逆に思ったりもするんですよ(笑)。この仕事してると》と答えている(『音楽と人』2019年7月号)。
もっとも、一方では、たとえこんなふうに枯れたいと思ってもそのとおりの姿にはなれるわけではないとして、それならば逆に《もがいたりあがいたり、そうやって頑張ってる姿が若く見えるでしょ。自然に枯れていくのなら、それまで懸命に、全力でもがいてみようかな、って》とも語った(同上)。いまから5年前、50代半ばの発言である。その前年、2018年のツアー中には喘息を発症し、ステージで思うように声が出せないという事態もデビュー以来初めて経験していた。
今夏、稲葉は還暦を前に、女性誌『anan』で表紙に登場するとともに、20ページにもわたり写真とインタビューによる特集が組まれた。精悍な顔つき(小室哲哉は稲葉を「あのカッコよさは国宝級だね」と評したという)はあいかわらずだが、目尻の皺などに、いい感じで年を取っているという印象を受けた。その姿は、自然に枯れていく途上にありながら、それに抗い続ける稲葉浩志のまさに現在形なのだろう。
*「HOME」(作詞:稲葉浩志、作曲:松本孝弘)
*「LADY-GO-ROUND」(作詞:稲葉浩志、作曲:松本孝弘)