「おい、あの森野ってのは、なんでレギュラーじゃないんだ?」
「お前ら、もっと野球を見ろ。見てりゃあ、俺のコメントなんかなくたって記事を書けるじゃねえか──」
落合はよく番記者にそう言った。キャンプ中や試合後の囲み取材の合間に、誰に向けるともなく呟いた。
「見るだけで記事を書くなんて、そんなことできるはずがない。きっと自分が口を開きたくないから、そのための方便だろう」
私も含めて多くの記者がそう思っていた。ただ、なぜか頭の片隅に、ずっとその言葉が引っかかっていた。だから、どうせ退屈な練習を眺めるなら、落合が言うように、見るだけで記事が書けるかどうか、やってみようという気になったのだ。
打たせ屋が投げて、脇役が打つ。投げては打つ。私の目の前には工事現場の機械音のように単調な繰り返しがあった。そのなかで、一人だけドームのまどろみを打ち破るような快音を響かせる選手がいた。森野という左バッターだった。
森野はこの業界では有名だった。ビジター球場に行くと、試合前のバッティング練習を見た他球団のOBや記者たちから度々訊かれる。
「おい、あの森野ってのは、なんでレギュラーじゃないんだ?」
それほど、彼が練習で放つ打球は見る者を惚れ惚れとさせた。ただ、いざ試合で打席に立つと、ボール球に手を出して凡退したり、あっさり三振という姿が目についた。
プロ野球の一軍というのは、美しいスイングは持っていなくとも、一球でも多く相手に投げさせ、フォアボールでもいいから塁に出て、何とか舞台の端っこにしがみつこうとする選手たちがしのぎを削る場である。そんな世界にあって、森野はどこか淡白に見えた。プレーに飢餓感がないのは、駆け出しの記者である私にも分かった。森野は、いわば“カゴの中の強打者”だった。